「英雄の剣作戦始末」(前)
シャショナ村には、魔族との戦いやら火消し作業らやで帰還が遅れ、到着は夜半になった。
行きに五時間。
こもごも疲弊した帰りは、さらに時間がかかったのだった。
村に着くと、さすがにジュテリアンとフーコツはぼくの身体から降りたがった。
恥ずかしいのだろう。仕方なく、下ろした。
とりあえず、「英雄の剣作戦」の顛末を報告するために、ミトラたちは疲れた身体にムチ打って、村の警備隊屯所へ向かった。
先頭は、ぼくとミトラ。
陽が落ちてからは、ぼくはヘッドライトを点灯させて進んでいた。
屯所の近くまで来て、窓の前に透明な物体が立っているのが分かった。
姿を消していたが、生体熱を放射していたので、ぼくの熱感知眼に引っ掛かったのだ。
高さは三メートルくらい。横幅は短くて一メートル。
おそらく妖魔ディンディンだ。
縦に長いのは、背伸びをしているからだろう。
窓の中を覗いているようだ。
隠密行動だろうか?
いや違う。黒騎士が室内に居るのだろう。たぶん。
「ディンディンが屯所の窓ん所にへばり付いているよ」
と、知らせてしまうぼく。
「えっ? ディンディンちゃんが居るの? じゃあ、バンガウアが到着したのね!」
ミトラは屯所に走り出し、窓の下に寄って辺りの空間を掻き混ぜ、やがてディンディンを捕らえて撫でた。
やがて振り返り、
「へへっ」という顔をぼくたちに見せ、ミトラは屯所に入って行った。
ディンディンは窓の中を覗いていたようだが、ミトラの視線の方向に身体を捻ってぼくたちに気がつき、細い腕を伸ばして振った。
ぼくも四本の腕を上げて、振り返した。
ぼくのその動作を見て、見えてないはずだが、
「ディンディン、こんばんは」
と、小さく言って、幻魔の潜む窓の方向に顔を向けるジュテリアンとフーコツ。
窓から漏れる光で、そこに何か居るような、薄っすらとした影が地面に落ちていた。
その昔、街道でディンディンに通せんぼをされた時は、影などなかったが、陽の光と人工の光とでは、幻魔も勝手が違うのかも知れない。
「ディンディンさんとやらが、姿を消して潜んでおられるの出すか?」
と、五節棍使いの法師、エルビーロさん。
「ディンディンは黒騎士の中の人、バンガウアさんの友人。伸縮自在の幻魔さんです」
ジュテリアンのその説明に、
「げ、幻魔?! さすがは四天王。奇っ怪なご友人をお持ちで」
と、目を剥くエルビーロさん。
「クカタバーウ砦で一度は捕らえたのですが、巨大化し牢を壊して、見事に魔族どもを逃した張本人ですよ」
と笑う、元クカタバーウ砦隊長、ロウロイドさん。
「うむ? 魔族を逃すのは作戦だったのですか?」
エルビーロさんがさらに問うた。
「そうです。二重スパイのムンヌルさんを魔王軍に送り込むための作戦でした」
「それは知らなかった。拙僧の街の警備隊には、クカタバーウ警備隊の不手際としか情報が伝わっておりませんぞ」
怒り目で語るエルビーロさん。
「いや、上の連中は知っておったのかも知れませんが」
「うんうん。現場って、コキ使われるけれども、肝心な事は知らされなかったりするわよね」
ジュテリアンは、宮廷僧侶時代を思い出したのか、しみじみとした口調でそう言った。
屯所に入ると、もはやミトラは黒騎士さんに抱きついていた。
ぼくたちを見て、
「おう、『蛮行の雨』、『引き潮の海』も。ええっと、その他の皆さんも無事でなにより」
と、全員の人数を知っているのか、黒騎士さんが野太い声を発した。
「ご無沙汰しております、蛮行の皆さん」
と、頭を下げる黒装束のくノ一アヤメさん。
半袖の胸許からは、鎖帷子が見えている。
短パンからは、網タイツの足がニョッキリ出ている。
足元は、漆黒のショートブーツだったが、この容姿を忍者と言わずなんと言おう。
屯所のロビーには、メタルアーマーに身を包み、出陣を待つばかり、という雰囲気の警備隊たちが十人ほど居た。
「なんなの、モノモノしい」
と、ささやくジュテリアン。
黒騎士さんが到着し、魔族ドラグザン隊進軍の情報を伝えたので、今まさに出陣しようとしていたのだと言う。
「ああ。いつもの手遅れじゃ」
と、つぶやくフーコツ。
そうなのだ。
ぼくたちは「英雄の剣」を見るだけの予定だったので、ノンキに朝早く出掛けたのだった。
黒騎士の情報で、
「大変だ! あの人たち、五神将ドラグザンと鉢合わせになるかも知れない!」
と、屯所も慌てていたらしい。
そんな所へ、ミトラがヒョッコリ帰って来たのだった。
そして、黒騎士に、
「ドラグザンに出会わなかったか?」
と問われ、
「ドラグザン? うん、出会って、倒して来たよ」
と返事したものだから、また屯所内は騒めいたそうだ。
「いや、ユームダイムでは、雷のガシャスを共闘して倒した仲間だ。そのくらいの事は為そう」
と、黒騎士が説明してくれ、ミトラはクカタバーウ砦の魔族退治も話した。
そこに今度は、ぼくたちが入って行ったらしい。
そしてぼくたちは、ドラグザン退治の顛末を報告したのだった。
警備隊員たちに、
「ドラグザン隊を全滅させたなんて!」
「大手柄ではありませんか!」
「さすがは黒騎士様の尖兵隊!」
「なんと素晴らしい!」
などなど、お言葉を頂いた。
ただ、アヤメさんがひとり、
「黒騎士様の活躍が見られず、残念です」
と、肩を落としていた。
「ドラグザンは仲間が七人いたぞ」
と、ゴルポンドさんが言った。
「七人か。親衛隊の幹部の数と一致するな」
と、黒騎士さん。
「お主がおらんから手こずったぞ」
と言って、フーコツは欠損が大きかったというロウロイドさんの肩を掴んだ。
「あだだだだだだだだ!」
治療は終わったはずなのだが、ロウロイドさんは大きな声を出した。
「ほれ見よ。この通り、怪我人も出た」
さらに肩に指を食い込ませるフーコツ。
「あぎゃっ、あぎゃ! この通りじゃねーーよ! 肩を離せよ!」
さらに喚くロウロイドさん。
「と、ともあれ皆さん、欠員がなくてなにより」
と、アヤメさんが言った。
次回「英雄の剣作戦始末」(後)に続く
次回、第百六十一話「英雄の剣作戦始末」後編は、今週の木曜日に投稿予定です。




