「じゃあ、また後で」(後)
「ここ、トンビーノとか大丈夫だよね?」
長椅子に座って御弁当を開げ、上空を気にするジュテリアン。
以前、トンビーノという大型の鳥にお弁当のおかずを盗まれた経験を持つジュテリアンだった。
「家屋が立ち並んでおる。大丈夫じゃろう」
フーコツは弁当を開げたが、フタを満開にしない。
たぶんトンビーノを気にしているのだろう。
放言のわりには神経質なフーコツだった。
「スリルのあるお昼よねえ。やっぱりお弁当は野外じゃなきゃね」
ミトラは楽しそうだった。そして告る。
「あたし、お弁当に入れてた木の実をリリスに取られた事あるよ」
と。
リリスとは、木の実をそこらに隠して忘れてしまうという、忘れんぼ小獣である。
「うぬ。空にも地上にも要注意か」
キョロキョロと辺りを見回すフーコツ。
だが、スリルのあるお昼はナニゴトもなく終わった。
宿に戻って、モヒカンコンビと「黄昏の砦」に挟まれた部屋に入る「蛮行の雨」。
もう外出の予定がないので、宿の浴衣に着替え、ベッドに転んでくつろいでいる三人娘。
「『英雄の剣』を抜くために、スハイガーン軍の部隊が出発したら、ムンヌルさんから連絡が来るのよねえ?」
ベッドに仰向けに寝転び、ジュテリアンが天井に向かって吐いた。
「まず、クカタバーウ砦に行って、そこから逗留地を連絡している冒険団に連絡が届く、とザミール殿が言うておったのう」
ベッドに大の字になって答えるフーコツ。
「今回の場合は、『引き潮の海』とモヒカンコンビに届くのよね」
やはりベッドに大の字になっているミトラ。
「で、その魔族の引っこ抜き部隊は、何処から来るの?」
「スハイガーンの精力地域は遠いが、ロピュコロスの支配地だった所から来るのであれば、到着は速かろうな」
「えーーっと、魔族が『英雄』を引っこ抜きに出発しますう、ムンヌルさんが連絡しますう……」
「暴露ぬように連絡せねばならん。速攻の連絡は難しいかも知れんな」
「えーーっと、連絡にモタモタしますう、クカタバーウ砦にようやくムンヌル便が届きますう……」
「お役所仕事じゃ、『引き潮の海』への転送はいい加減かも知れんな」
「えーーっと、転送にグズグズしますう、魔族の引っこ抜き隊はどんどん進行して来ますう……」
「ええっと、連絡は間に合わないかも知れないって事?」
ジュテリアンは半身を起こした。
「すでに引っこ抜き隊は、『英雄の剣』に向かっているかも知れん、という事じゃ」
フーコツが片肘を立て、手で頭を支えて言った。
「うん、分かった。晩ご飯まで寝よう」
「今のワシらでは、苦戦するやも知れんからのう」
「そうね、ジタバタしても魔力は回復しないものね」
魔力の回復に特効薬はない。
栄養のあるものを食べ、ぐっすり眠る。
肉体的疲労回復とさして違いはない。
肉体と精神と魔力は、案外、密接につながっているのかも知れない。
夕刻、目覚めてしまう三人娘。
「ぬう。もっと惰眠をむさぼる予定であったが」
しかし起き上がろうとしないフーコツ。
「あっ、綺麗な夕焼けが始まりそうな感じ」
とつぶやくが、起き上がらないミトラ。
「少し暗くなって来たわね。発光石の布を調整しなきゃ」
けれども起きる気配はないジュテリアン。
そうして起きるでもなく眠るでもなく、
「ねえねえ、揚げパンって、美味しいよね」
「大勇者サブローの発明品らしいわよね」
「都市伝説じゃ。大勇者とて、そこまで万能ではあるまい」
などと雑談をしている所へ、ノックの音がした。
ぼくが扉まで歩き、
「どちら様ですか?」と問うと、
「オイラたちです」「『黄昏の砦』です」
同時に返事が返って来た。
「また後で」と言って別れたので、その「後で」を早くも果たしに来たのだろう。
三人とも「あっ」という顔をした。
「また後で」を思い出したのだろう。
ぼくもその「社交辞令」は忘れていた。
誰だ、律儀に「また後で、を果たしに行こう」などと言い出した奴は。
モヒカンコンビと「黄昏の砦」を招き入れ、ベッドを端に寄せて座れる場所を作った。
来客は、寝袋を持参していた。
ぼくはギョッとしたが、
「椅子が足りないだろうから、床に座る事になろう」
「床が冷たいのでコレを尻に敷こう」
という判断だと弁明した。
「決して蛮行の皆さんと一緒に寝ようなどと言う目論見からではありません」
男性を代表して、エルビーロさんが宣言した。
ともあれ、「黄昏の砦」の三人、モヒカンコンビ、そして蛮行の三人娘は床に輪になった。
ぼくは嵩張るので、扉の前に立っている。
雑談はもっぱら、それぞれの身の上話だった。
なにせ、微妙に知り合いが絡み合っていたが、グループそれぞれの密なる交際はなかったからである。
アギアの警備隊長エルビーロさんは、警備隊を辞職し、巡礼先でオオール、マークンドラの二人と出会うまでの話をした。
アレドロロン村の生存者、オオール、マークンドラのコンビは、マークンドラさんの故郷を目指している途中でエルビーロさんに出会うまでの話をした。
そして三人で、出会ってからのなんとなくな討伐を経て、ついに討伐団「黄昏の砦」を組むに至る話をした。
ザミール、カメラートのモヒカンコンビは、クカタバーウ砦でぼくたちを見た時の話と、
それから男街の食堂で再会した時の感激と、
さらにユームダイムの迎賓館で、早く黒騎士に会いたいばかりに「蛮行の雨」をゾンザイに扱った非礼を詫びた。
なお、アギアの街の自分たちのスパイ活動と、ぼくたちの活躍は付け足し的に報告された。
「そしてこのショシャナ村での再再再再会でさあ」
嬉しそうに言うカメラートさん。
「もはや運命の腐れ縁かのう」
と笑うフーコツだった。
ぼくたち「蛮行の雨」は、この場にいないゴルポンド、コラーニュさんとの最初の出会い、ハイドヌイサウラー討伐の話とか、
女街のギュネーさんとの出会いなどを話した。
クカタバーウ砦の元隊長、ロウロイドさんはよく知らないので、適当に流した。
伝説シリーズを所持しているのはバラす訳にはいかないので、お茶を濁しつつ、話を進めた。申し訳なかった。
と思うなら、バラせよ! な話であった。
アレドロロン村解放のいざこざ、と言うかアレコレは、意識がない状態でずっと囚われていたオオールさんとマークンドラさんが知りたがったので、盛って話した。
ひょっとしたら、盛りに盛ったかも知れない。
アレドロロンの伝説の杖はランランカさんが持って行ったので、お構いなしに話した。
勝手知ったる他人の討伐団「ランランカと機動忍者部隊」はコチラに向かっているそうだから、知識として必要であろう。
特に問題はなかったと思う。
それぞれのエピソードに笑ったり怒ったりしていて、気がつくとどっぷりと夜になっていた。
次回「ミトラの早い失神」(前)に続く
次回、第百五十五話「ミトラの早い失神」前編は、来週の木曜日に投稿予定です。




