「森にひそむ魔族VSフーコツ」(後)
「ああ、この辺りで止血に成功しているわ」
森に少し踏み込んだ所で、ジュテリアンが言った。
「これ以上の追跡は無理ね」
「逃亡に影響のない傷であったら良いのじゃが」
傷の度合いに自信がないのか、フーコツがつぶやいた。
「無傷で逃すよりリアルで良いじゃないですか」
ナズバンス隊長が言った。
「まあ、そうかのう」
と、フーコツ。
「『怪我の功名』」
洒落のつもりか、ミトラが言った。
ミトラの言葉を無視して、森を出ながらフーコツが、
「こういうのはどうじゃろうか? ナズバンス殿」
と言って喋り始めた。
「森に魔族が侵入して来たので、困った守り神は人間に助けを求めて来たのじゃ」
「ああ、それで森の神獣様が街に侵入して来たと」
ナズバンス隊長は、魔族の遺体から奪った杖を振りながら言った。
「我らは会話は出来ぬものの、森の守り神のただならぬ気配を察し、後を追い、森に魔族が潜んでいるのを発見したのじゃ」
「そこで全てを察して、魔族を退治したのですな!」
「その理屈で言えば、街は襲われたのではない! 守り神様も、魔物に操られていたのではない!」
炎使いのルバイさんが、嬉しそうに大きな声を出した。
「上にそう報告します。いや、その案を通して見せます」
ナズバンス隊長は力を込めて言った。
魔族の武器は、ナズバンスさんの持つ回復杖の他、大斧、大剣、並の長剣が見つかった。
生き残った魔族は、武器を捨てて逃げたらしい。
命からがらな感じで、ヨシ! だ。
一方、フンドシの中にあった護符は、武器強化の優れた逸品揃いで、警備隊員たちを感心させた。
「卍の前には、これらが丸で無力だったわけですなあ」
という話だからだ。
「では、帰ろう。なに、半日の行程だ。真夜中には街に到着するさ」
ナズバンス隊長は上機嫌で言った。
「それは違うぞ、ナズバンス殿。此処まで来る強行軍で疲労しておる。同じ足取りでは帰れん」
「帰りには荒野大大大蜥蜴の屍の、めぼしい部位も取るんでしょ?」
「荷物増えるじゃん。行軍、さらに厳しくなるじゃん」
「野営はしないんですか?」
と、ルバイさん。
「こんな物騒な場所では、野営はしませんな」
鼻髭のタブルク隊員がキッパリと言った。
帰り道、小魔獣の集る荒野大大大蜥蜴の屍を襲って肉を奪い合った。
切断した頭部と腕も一緒にぼくが寄せて置いていたので、爪をもぎ取り牙も抜いた。
そして、歩いてあるいて歩いた。
警備隊は戦利品を抱えていたので戦力にはならず、肉の匂いに釣られて凶暴になった小魔獣を追い払うのはぼくたち蛮行の雨の役目だった。
しかし、小休憩で食べた荒野大大大蜥蜴の焼肉は絶品だった、らしい。うらやましい限りだ。
ぼくは蛮行の三人娘を代わるがわる抱き上げて歩き、彼女たちの疲労の軽減に努めた。
翌朝、薄明の内にチャビムの街に入った。
夜を徹しての強行軍だった。
火炎使いのルバイさんは「眠いのでこれで」と言って、街の入り口で別れた。
「無断外泊だ。ヨメにしこたま叱られる」
と言いながら歩み去るルバイさんを見て、
「タブルク、お主、ルバイさんに付いて行って、奥方が誤解を生まぬように説明せよ」
ナズバンス隊長が下知した。
「はっ。この肉の包みを土産に渡してもよろしいでしょうか?」
「うむ、仕方なかろう。小さい方の包みをな」
「ははっ。承知いたしました」
タブルクさんはそう言って、ルバイさんを追った。
大勢の警備隊を連れたまま宿に戻ったので、宿の従業員と宿客たちを驚かせた。
「ただいま(ミトラ談)」
「ただいまじゃありません! なんですか、無断外泊とはっ!!(女将談)」
「まあまあ、女将。これには深い訳がありまして」
と、割って入るナズバンス隊長。
こうなる事を見越して、ついて来てくれたのだ。
「儂の話を聞いて下さい」
街での、興奮した森の守り神を落ち着かせた話。
荒野の戦場でランドヌイヌイヌイサウラーを倒した話。
大森林で魔族を倒した話。
などのお陰で、ぼくたちの無断外泊に関してはお咎めはなくなった。
「これはランドサウラーの股肉です」
と、革に包まれたひと抱えの肉を女将に差し出すナズバンス隊長。
「どうぞ納めて下さい」
「あらこんなに?」
戸惑いながらも笑顔になる女将。
「それではまあ、遠慮なく。皆さん、大変でしたわねえ」
そうして女将の高い笑い声が宿屋のロビーに響いた。
「寝るのじゃ。眠いのじゃ」
「お腹減った」
「お風呂。お風呂に入りたいです」
蛮行の三人娘、三者三様の望みは、宿の好意によってスムーズに運んだ。
「本物の勇者御一行様だよ、粗相のないようにね」
と、ナズバンス隊長が口添えしてくれたからである。
朝っぱらとて、無念な事に施術は敢行されず、蛮行の三人娘は部屋のベッドで眠りについた。
昼下がりと言うには遅く、夕刻と言うには早い時刻に、三人娘はノロノロと起きた。
警備隊が訪ねて来たからである。
しどけない浴衣姿を整える三人娘。
三者三様にベッドの上に座っている。
「夜這いか、警備隊め」
まだ眠いのだろう、不機嫌に唸るフーコツ。
夜ではなかった。
「お休みの所、申し訳ありません」
押し掛けて来たのは昨日、一緒にヴァルトサウラーを護衛したメンバーだった。
街を出る前に別れたカゥロゥ隊員まで居た。
なんでそんな大勢で来た?
しかも昨日と同じ制服姿で、武器まで携帯している。
昨日の強行軍の後だから、今日は非番になったろうに。
ひょっとして、美女のしどけない寝起き姿を見たいと思ったのなら、正解だった。
メンバーを代表して、ナズバンス隊長が喋った。
まず、伝達鳥の情報からだった。
やはり、
「森林蜥蜴を神聖獣と崇める愚かな人間どもは、攻撃もせず逃げ惑うばかり」
とか、
「ヴァルトサウラーを怒らせれば、十分戦力になる」
とか、
「ヴァルトサウラー部隊を編成すべきである」
などと書いてあったそうだ。
「魔族の狙いは予想通りか」
と、フーコツ。
「目論見を潰せて良かったわねえ」
と、ジュテリアン。
「ざまみろ、魔族め」
と、ミトラ。
そして、
「駄目だ。無法者らしき一団に倒された」の殴り書きもあったそうだ。
「それを書いた魔獣使いのダイファさんは、どうなりましたか?」
と、ジュテリアンが質問した。
「もう少し尋問してから、解放するそうだ」
と、ナズバンス隊長が応じた。
「ナイフ投げが得意の、ただの魔獣好きな青年だよ。一緒に街に来た守り神の大森林で暮らしたいと言っているそうだが、さてどうなるかなあ」
「ああ。人の街に近すぎるのう」
「希望が叶うと良いね」
そんなやりとりもした。
そして森の守り神が街にやって来た理由は、
「魔族が棲家の森に侵入したので、助けを求めて来たのじゃ」
と言うフーコツ案で落ち着いたそうだ。
「それにしても、スハイガーン軍は、戦力を大幅に減らしたばかりだと言うのに、精力的に活動しますね」
と、鼻髭のタブルクさん。
「元気なところを見せたいのじゃろう。軍が弱体化したとは口が裂けても言えず、また知られたくない汚点であろうからな」
「虚勢だよね。他の魔王に知られたら、つけ込まれてしまうもんね」
「つけ込まれたら、ロピュコロス軍のように滅ぼされてしまうわ」
「人間も気をつけんとのう。人間同士で領地争いなどしておる場合ではないじゃろう」
「その通りなんですが、権力者というもは、目先の欲に従順ですからなあ」
ナズバンス隊長は、にこやかに言った。
「自分は安全な所から、我ら下郎にハッパを掛けるだけですから、止まらんでしょう」
そして、押し掛けて来た警備隊の本当の目的は、
「一手ご教授頂きたい」と言う単純なモノだった。
それで制服姿か。
聞けば、やはり今日は非番になったらしい。
街に残ったカゥロゥ隊員は、有給を取ったという。
練習熱心な人たちだ。
「ルバイさんが、あなたたちが森の守り神のあの太くたくましい前脚をへし折るのを見たと言っていました」
ああ、ルバイさんに付いて行ったタブルクさんが聞き、言いふらしたのだろう。
「是非ともその技のカケラでも伝授頂けないものかと」
突如として腰を折り、へこへこし始めるナズバンス隊長。
「あのお喋りめ。まあワシはその時は何もしておらんからな」
フーコツはベッドを移動して、シーツに潜り込んでしまった。
「折れてはいなかったと思う」
と、ミトラ。
「ジュテリアンの回復も短かくて済んだから、捻挫だったんじゃないかな」
「ではその捻挫技を」
と喰い下がるナズバンス隊長。
アレはしかし、伝説の蹴足用ブーツと、伝説の斧(斧刃は収納済)だから成せた技である。
結局、根負けし、宿にフーコツを残して警備隊の鍛練場まで足を運ぶミトラとジュテリアン。
ぼくはミトラたちに付いて行った。
前を歩く隊員たちが変に緊張した顔をしているのは、ミトラとジュテリアンの着替えを目の当たりにしたからであろう。
「じゃあ少し待って」と言って、突然ローブを脱ぎ始めた二人に、虚を突かれた形となった警備隊は、退出のタイミングを失ったのである。
まあ、彼らには眼福になったのではあるまいか。
着替えの後、食堂に移動して、ミトラ&ジュテリアンの弩級のガッツリとした間食も見学して、さらに毒気を抜かれる警備隊であったのだった。
屯所の鍛練場は、高い金網に囲まれた広い草地だった。
雑草だらけなのは、倒れた時に怪我がマシなように、と言う若干の配慮なのではあるまいか?
次回「人間の価値?」に続く
次回、第百四十九話「人間の価値?」前編は、明日の日曜日に投稿予定です。
本日は8月9日(土曜日)。満月。
来週の17日(日曜日)まで、連投する予定です。
作品はあります。
在庫が心配になるだけで……。




