「ヴァルトサウラーVS蛮行の雨」(前)
「こっ、殺さないで! 森の守り神ですよっ!!」
そのルバイさんの叫びに呼応するかの如く、三つの卍をサウラーに飛ばす蛮行の三人娘。
が、森の守り神はすべての卍を弾き返した。
建物や地面に刺さる卍手裏剣たち。
慌てて盾に戻し、消滅させる三人。
「ヴァルトサウラーめ、虹盾並みの装甲か? なんと素晴らしい」
フーコツは嬉しそうに笑った。
「ど、どうすんのよコレ」
ミトラは大いに狼狽えた。
「私は伝……ゴニョゴニョのブーツで蹴ってみるわ。ミトラは棍棒で殴ってみて」
と、ジュテリアン。
斧刃を出さないのは「殺さないで」と言われたからだ。
「ひゃっはーー!」
ミトラは得意の直接打撃攻撃が出来るので浮かれていた。
「ヴァルトサウラーを殴る? 蹴る? そんな無茶な! 怪我では済みませんぞ」
叫ぶルバイさん。
ミトラの斧もジュテリアンのロングブーツも「伝説」だ。
ただ、扱うのが生身の人間なので、戦いの衝撃に耐えられるかどうか。
そこが心配だった。
前面に三層の盾を張って、走るミトラとジュテリアン。
「いいんですか、あんな無茶をさせて!」
頭を抱えるルバイさん。
「いつもの戦法だ」
テキトーな返事をするフーコツ。
ミトラ、ジュテリアンの接近を見て、口を開け赤い舌を見せるヴァルトサウラー。
サウラーの眼前で交差するミトラ、ジュテリアン。
目移りがしたのか、首を左右に振って標的を定めかねる様子のサウラー。
そんなサウラーの無防備に突っ立つ左脚を、ミトラは斧刃無しの斧で、右脚をジュテリアンが伝説のブーツで、ほぼ同時に攻撃した。
ヴァルトサウラーは苦しげな金切り声を上げ両の前脚を折り曲げ、頭部を地面に落とした。
「うひゃあ! 堅牢で知られる守り神様が!」
頭を抱えたままルバイさん。
「あの、なるべく蹂躙しない方向で」
「うーーむ。それはなんとも……」
常にはあらず神妙に答えるフーコツ。
一度は地面に頭を落としたヴァルトサウラーだったが、気合いを入れ(?)て高く鳴くと上半身を持ち上げ、下半身の四本の脚で立ち上がった。
頭上に残っていた建物を打ち壊し、トンネルをついに通路にしてしまうヴァルトサウラー。
立ち上がったので、若草色の腹部を晒した。
「脆そうな腹じゃ」
攻撃を我慢してつぶやくフーコツ。
建物が崩れ瓦礫が四散し、後方に跳び退いて避けるジュテリアン。
盾を頭上にも張り、下がらないミトラ。
盾が破片を弾いているが、ミトラは危険な距離感だった。
上半身を起こしたまま、ヨチヨチと進み出すヴァルトサウラー。
「彼女らの伝せっ……、ムニャムニャを知らないから」
「あの巨体であたしたちを押し潰すつもりとか?」
ミトラは下がらずに言った。
「そのようね、あの生っ白い腹で」
さらに下がりながらジュテリアン。
喰らえばひとたまりも無いだろうが、いかにも歩みが遅い。
「下がれ、ミトラ!」
声を大きくするフーコツ。
サウラーの押し潰しを受けるのはミトラの作戦であり誘いだろうが、さすがに不安が頭を過ぎる。
ぼくは森の守り神を心配した。
首を曲げ、地上の小さなドワーフの娘を睨みながら、ヴァルトサウラーは覆い被さった。
動きは遅かったが自分の質量を充分に心得た攻撃だ。
地上の瓦礫を舞い上がげ、大地に伏したヴァルトサウラーは、しかし悲鳴と言ってよい叫声を上げ、横転した。
サウラーの横転を受けて、まだ形のあった建物が瓦解を始めた。
若草色の腹から、紫の血を噴いていた。
「ああっ、神獣が血を! 殺さないでって言ったのに!」
「ちょっと腹に穴が空いただけじゃ。あの程度で死ぬ神獣ではあるまい!」
その腹の上に瓦礫が積み重なってゆく。
落ちて来る相手の質量を利用したミトラの、棍棒による一点突破だ。
しかし、ヴァルトサウラーの身体が移動したのに、盾もミトラの姿も見えない。
サウラーの伏した瓦礫に埋もれているのか?
崩れてゆく建物群。
「いかん!」
叫んで走り出すフーコツ。
ルバイさんが続き、ぼくも走った。
ジュテリアンがいち早く瓦礫に近づくが、目の前で建物が崩れるので、タタラを踏んで立ち止まった。
「ドミノ倒しか」思わずつぶやくぼく。
「だっ、大丈夫でしょう。瓦礫如きは」
ジュテリアンは自分に言い聞かせるように言った。
ぼくはつい拡声器を使い、
「ミトラーー!」
と、走りながら叫んでしまった。
次回「ヴァルトサウラーVS蛮行の雨」(後)に続く
次回、第百四十五話「ヴァルトサウラーVS蛮行の雨」後編は、来週の木曜日に投稿予定です。




