「ヴァルトサウラー」(前)
勝ったコムスビさんは四方に礼をして、汗を拭き飲み物を飲んで、まだ下がったままの神輿に乗り座った。
ずい! と持ち上げられるコムスビさん。
「コムスビ! コムスビ!」
の声援は止まず、ぼくたちもこちらに向かって来る神輿にエールを送った。
ぴょんぴょん跳んで手を振るミトラ。
ぼくたちとすれ違いざま、頭を下げるコムスビさん。
行き過ぎてゆく神輿にまた、「コムスビ!」と叫ぶミトラ。
振り返って手を振るコムスビさん。
コムスビ神輿の後に続く人々の中から、祭り衣装のおじさんが一人、ぼくたちに近付いてきた。
ぼくたちを女相撲の土俵に連れて行ったドーンコさんだった。
「皆さん、昨日はありがとう。ドワーフのお嬢ちゃん、本当にありがとう」
そう言って紙袋をミトラに渡すと、すぐに神輿を追いかけて去った。
「ドーンコさん、コムスビさんも推してたんだ。弱い者好き?」
ミトラが遠慮なく思うところを吐いた。
「頂きものは何じゃ?」
紙袋をガン見するフーコツ。
結ばれていた口のヒモを解き、
「焼き菓子だ!」
と歓声を上げるミトラ。食べ慣れているだろうに。
頂き物はまた格別と言うことか?
「どれどれ」
袋に指を突っ込むジュテリアン。
音を立てて食べ、
「美味しい! バリバリの黒クッキーだわ」
と目を細めた。
ミトラとフーコツも焼き菓子を摘み上げ、食べた。
サトウキビか、それに類する植物はあるのだ。
蜂蜜と共に、砂糖が人々の舌を楽しませているに違いない。
邪竜も、どっこいしょ! という感じで起き上がり、太鼓に導かれながら、何事もなかったかのように進行方向を変えず、進んで行った。
「どっちを追い掛ける?」
ミトラが去ってゆくコムスビさんと邪竜を交互に見た。
「別の女力士を探そうぞ。セキワケ殿、オオゼキ殿。またマクウチナンバーの力士が大勢いるはずじゃ」
フーコツはそう言うと路地に入った。
ガニ股をやめ、足を伸ばせばぼくもなんとか通れる広さはあった。
少し薄暗くなったので、両壁を擦らないように前照灯を点灯させた。
「パレルレ、笛と太鼓はどんな様子じゃ?」
あちこちから笛太鼓の音は流れて来たが、ぼくは、
「このまま真っ直ぐに行きましょう。なにやら騒がしい音が聞こえます」
と答えた。
路地を抜け、ヘッドライトを切った。
その通りは狭かった。
「ここは駄目じゃ。女力士と邪竜が戦える広さがない」
と、フーコツ。確かにそうだ。
また別の路地に入り、進んでゆくぼくら。
そしてようやく広い通りに出た。
「屋台よし! 通行人よし!」
指差し確認するミトラ。
「して、パレルレ。騒がしい場所とはどの辺りじゃ?」
先頭にいたフーコツが振り返って言った。
「あの建物の向こう側ですね」
ぼくは大きな建物を差した。
「お主に抱いてもらって屋根を飛び越せば早いのじゃが……」
「見知らぬ街のお祭りで、そこまで人騒がせな真似は出来ませんね」
「道に沿って走ろう」
そう言って走り出すミトラ。
黙って従うその他のぼくら。
何事もなく道をまがり、大きな建物の裏に出るが、
「邪竜も女力士もおらんではないか」
と、歩き出す蛮行の三人娘。
「うん? 聞こえて来る笛の音も太鼓の音も、なんだか切羽詰まってない?」
眉を寄せるミトラ。
「そう? 戦闘の時のマーチって、こんな感じじゃなかった?」
と、ジュテリアン。
「あのう、今さらですが、『逃げろ』って声も聞こえますね」
と、ぼく。
「逃げろ? それは由由しき事態ではないか」
フーコツが額のゴーグルを眼に装着した。
戦闘態勢だ。
「パレルレ、わたしの装備を」
と、ミトラに言われ、ぼくはヘルメットとガントレットの入った収納庫を出した。
「盗み聞きが遅いわよ、パレルレ」
ジュテリアンはそう言って、短剣に偽装した回復杖を背後のホルスターから抜いた。
ぼくもマントを脱いで、収納庫に収めた。
何かの加減で背中のプースターを機動させたら、燃えてしまうからである。
ぼくたちのずっと先を歩いていた人が、慌てて引き返して来る。
そして、
「なんか分からんが、ヤバいぞ。逃げろ逃げろ!」
と叫んで、ぼくたちの傍を抜けて行った。
屋台を出していた人たちも、屋台をそのままに路地に逃げ込んでゆく。
危険な気配を察しているのだ。
「笛と太鼓が近付いて来る。何処だ?!」
フーコツはようやく、ホルスターから杖を抜いた。
ほどもなく、前方の角から走り出て来る笛と太鼓使いたち。
もはや鼓笛隊である。
わざとだろうが、音が乱れて慌ただしい。
ぼくたは立ち止まった。
「もしや、危険を知らせておったのか?」
「あたしはあんな音を聞いたら、ワクワクして近寄っちゃうけども」
鼓笛隊に続いて、何十人と言う人々が出て来た。
ブカブカの邪竜パンツを履いた着ぐるみの中の人たちは、袖のない半纏状の祭り衣装を着た子供や年寄りを背負って走っていた。
泣いている子供もいたが、緊張した雰囲気に負けて泣いているのだろう。
竜の被り物は、見当たらなかった。
神輿もない。女力士の姿もない。
ただ人々が走っていた。
ぼくたちに気がついて、
「早く逃げろ!」
「魔獣が街に侵入したらしい!」
「森林蜥蜴だと言う者もいる!」
「すぐに警備隊が来る!」
「逃げろ! 逃げるんだ!」
などと口々に叫んでいた。
「ヴァルトサウラーじゃと? アレは大人しい魔獣と聞いておったが」
傍に避けながら、フーコツが言った。
「ヴァルトサウラーは、森の守り神。森を出る事はないと聞いているわ」
ジュテリアンが訝った。
「他の魔獣と間違ってんのよ」
フルアーマーのミトラは腰のホルスターから棍棒を抜いた。
「ヴァルトサウラーじゃないなら、撲殺しても大丈夫」
ヴァルトサウラーとは、戦えないのか?
森の守り神、とか言ってるから、そういう事か?
そういえば、幻魔らしいヲンナヨコヅナも神聖視されていた。
この辺り、ちょっとムズカシい地域なのかも知れない。
次回「ヴァルトサウラー」(後)に続く
次回、第百四十四話「ヴァルトサウラー」後編は、明日の土曜日に投稿予定です。




