「ミトラVSセキワケ」(後)
「どうしたの? 怪我でもしたの?」
さすがに心配そうに聞くジュテリアン。
「無理な踏ん張りを繰り返したので、爪が剥がれちゃった」
土俵から降りて来るミトラの足を見れば、両足とも流血していた。
「うわ、大変!」
叫んでジュテリアンは、抱えていた伝説の杖でミトラの足先を指すように持った。
そのまま、
「回復!」と詠唱する。
果たして八方に散る黄金色の回復光。
響めき、身を倒す観客たち。
しかし、杖の先のミトラの足にも、間近なので集中して当たった。
「上達したのう」と、フーコツ。
「その回復光? あんた、噂の聖女様かいっ?!」
ドーンコさんが身を反らして叫んだ。
「そんな大それた者じゃありませんよ」
早くも光を止めるジュテリアン。
「そうそう。光のコントロールが下手な僧侶じゃ」
フーコツは両手をジュテリアンの肩に置いて言った。
「ああ。えらい言われようだな、あんた」
少し呆れるドーンコさん。
「しかし名のある僧侶に違いあるまい」
「ジュテリアン、セキワケさんも治療してあげて」
ミトラが、完治を確かめるようにジャンプした。
確かに、セキワケさんは席に戻るのにフラついていた。
「差しでがましくない? 僧侶然とした人が二人、付いたわよ」
土俵の向こうを見て、ジュテリアンが言った。
「伝……、ムニャムニャの杖は、回復パワーが違うから」
と、ミトラ。
「あたしはもう大丈夫だよ。ありがとう」
「分かった。行って来る」
土俵をぐるりと回って、近づいてゆくジュテリアン。
ジュテリアンの回復放射を見ていたからだろう、彼女が近づくと、セキワケさんの方から頭を下げて、
「頼むよ、お嬢さん」と、首と足下を差した。
足下の方は、脹ら脛だろう。
「うんうん。思い切り蹴ったもんねえ」
「素人相手にする事ではないぞ、ミトラ」
「相撲のプロじゃん。仕方ないわよ」
土俵の向こうで再び辺り構わず放射される回復光。
叫び声やら念仏らしきモノが広場に響いた。
ミトラとセキワケさんの治療を終えて、いよいよオオゼキさんとミトラの対戦である。
のそりと土俵に上がったオオゼキさんは、オーガのゴルポンドさん級と言うか、二メートルをゆうに超えていた。
対峙するミトラは、いかにも小さい。
確かに大相撲って、無差別級競技だけど。
行司さんの、「見合って!」の声が掛かり、ミトラとオオゼキさんがファイティングポーズを取って構える。
そこに、
「わははははははははははは!」
と言う、やや甲高い笑い声が響いた。
天から降って来るような、地から湧き上がるような、出所不明の声だった。
「ヨコヅナ様!」
「お出ましだっ!」
「豊穣の女神様!」
「待ってました!」
などの声がそこここで上がり、沸き立つ広場。
太鼓の音が高鳴り、拍手が起こる。
が、
「ん? 何処におるのじゃ?」
と、土俵下で辺りを見渡すフーコツ。
土俵の上でも、ミトラがキョロキョロしている。
そのミトラに頭を下げ、
「是非もない。これにて御免」
と言って土俵を下りてゆくオオゼキさん。
と、
土俵上の空間が歪み、オオゼキさんが立っていた辺りに、何やら巨大な物体が滲み出て来た。
「いよっ、待ってました!」
「ヲンナヨコヅナ!」
「世界一!」
持て囃す声が、改めて広場に起こった。
身の丈三メートル。
爆炎のギューフ級の巨人が出現した。
頭部も、腕も、足も、胴体も、全体に丸い。
そして肌はピンク色だ。
人の良さそうなオバさんの笑顔を見せている。
唇が耳まで裂けていたが。
紅いブラ。
紅いビキニショーツ。
そして紅い腰巻き。
「背丈はギューフ級だが、質量はギューフの倍以上ありそうじゃな」
息を呑むフーコツ。
「待ってよ。その前にアイツ、幻魔じゃないの?」
息を吐くばかりのジュテリアン。
「神事に現れ、相撲を取った後は、この街の豊穣を約束してくれるのです」
ドーンコさんは両手を合わせて言った。
「幻魔だろうが、妖魔だろうが、関係ないのです。ありがたやありがたや」
(ああ。この人はヲンナヨコヅナの正体を知っているのだ)
(だから神事だと言うのに、贔屓の力士が、負けただのなんだのと言って……)
(そこらを、ほっつき歩いていたのだ! たぶん)
「その豊穣の約束は確かなのですか?」
ジュテリアンは果敢に突っ込んだ。
「左様。麦がそうでもない時には、野菜が豊かに実り、果実がそうでもない時には、魚が大量に川を遡って来たりしましたな」
そう言って自分の頬を撫でるドーンコさん。
「物心がついてから、凶作というのは記憶にありませんな」
「はるかな昔から結果オーライで来ておるのか」
フーコツはそう言って、自分の顎を撫でた。
「ワシらと一緒じゃな、ドーンコ殿。しあわせな事じゃて」
フーコツは楽しそうに笑った。
次回「ミトラVSヲンナヨコヅナ」(前)に続く
次回、第百四十三話「ミトラVSヲンナヨコヅナ」前編は、明日の月曜日(海の日)に投稿予定です。
オオゼキとの対決があるかと思ったら、ありませんでしたなw。
前回、読み返さずに後書きを書いたので、ウソを書いてしまいました。申し訳ありません。
まあ、いつも読み返さずに後書きを書くのですが。
「覚えていないのか?!」
と、思われる方もおられるかと思いますが、
「時々覚えている」
と答えるに留めたい。ほぼ覚えていない。
そんな「蛮行の雨」は、また明日。




