「ミトラVSコムスビ」(前)
作業服のおじさんに付いて行くと、太鼓の音が徐々に大きく聞こえて来て、やがて、広場に到着した。
聞いていた街の中央広場だ。
広場には、食べ物やゲームの屋台が並んでいた。
輪投げや吹き矢、揚げ物、焼き肉は万世界共通だ。
屋台で遊んだり食べたりしている人も多かったが、さらに大勢の人々が、敷き物に座って広場中央の土俵を見ていた。
土俵と表現したが、一段高く盛り土がしてあり、その上に太い綱で輪が描いてあったからだ。
そして円形の盛り土の中には、行司さんが立っていた。
金色の作務衣を着て、紙の房の付いた短い棒を振っている。
もう、行司さんに違いない。
「飛び入りないか? 飛び入りないか?!」
と連呼している金色作務衣の顎髭の行司。
「飛び入り、連れて来たぞ!」
と叫ぶ案内のおじさん。
(何を言うか?!)
と言う顔になるジュテリアンとフーコツ。
「おう! ドーンコ、ありがとうよ」
こちらを見て笑顔になる行司さん。
「飛び入りだよっ!」
元気よく手を上げるミトラ。
「たっ、確かにお主、そう言う事を吐かしておったが」
唸るフーコツ。
「私はパスよ。スモウ、経験ないし」
呻くジュテリアン。
「ヨコヅナ様はまだお見えにならんのか?」
と、ドーンコおじさん。
「今年はまだだ。相撲に熱戦が少ないと、お出ましにならんのさ」
頭を掻く行司さん。
「困ったヨコヅナ様じゃな」
同じく頭を掻くドーンコさん。
「んじゃあ、熱戦を見せてやろうじゃないの!」
軽々に叫ぶミトラ。
「負け方は知っておるぞ。地面に手をついたり、膝をついたりしたら、痛い思いをせずに負けられるはずじゃ」
と、中途半端な知識を披露するフーコツ。
甘い知識であったが、それだけ相撲を知らないと言う事だろう。
「お嬢ちゃんたち、頼むよ。ヨコヅナ様を引っ張り出してくれんか」
手を合わせるドーンコおじさん。
「今年はお出ましが遅い。この街の豊穣を助けると思って」
「仕方ないわね」
笑って土俵に向かってゆくミトラ。
仕方なく付いてゆくぼくたち。
期せずして、座する見物客から起こる拍手、また拍手。
「もう、引っ込みがつかん」
低く唸るフーコツ。
「いや、参加はミトラちゃんだけだから」
自分とフーコツに言い聞かせるジュテリアン。
土俵の下に、赤い作務衣のおばさんが居て、ぼくたちを手で招いた。
「衣服はこちらに」
と、低い台座を示されるが、
「いえ、仲間に預けます」
と返事をするミトラ。
「勿論それでもかまいません」
と言うので、ミトラが脱いだ甲冑、鎖帷子、護符を入れた帯袋などを体内収納庫に仕舞ってゆくぼく。
伝説の斧だけは、その低い台座に置いた。
ミシリと音を立て、しなる台座。
所有者の手を離れると、ベラボウに重さを増すのだ。
ミトラは、紫色のブラとハーフショーツ姿になった。
赤作務衣のおばさんが、丈の短い赤布をミトラに渡した。
「腰に巻いて下さい」と言う。
渡された布を腰に巻き、左脇腹に結び目を作るミトラ。
この布は褌の代わりか?
チラチラと下のショーツが見えるのがミソか?
そしてそのまま、促されて土俵に上がってゆくミトラ。
ぼくたちは敷き物を渡され、台座の横に並んで座った。
ぼくはさらにガニ股になり、尻を完全に下ろした。
それでも座高は甚だしく高い。
土俵の反対側からも、赤い腰布姿の女性が上がった。
巨漢! と言ってよかった。
余談だがショーツの色はピンクであった。
ふくよかな胸が巨大なブラに隠されている。
ふてぶてしい二の腕。
肉肉しい大腿部。
たけだけしい脇腹。
そして大胆不敵な腹部。
(お相撲さんの体格だ)
間近に見る女力士の迫力に言葉を失うぼく。
「武器も鎧もなく、呪術も使えず、ミトラは大丈夫であろうか」
「だだだ大丈夫よ。有名なオララ工房の守備隊長なんでしょ? 霊験あらたかなはず」
「そ、そうじゃな。邪悪な闇呪術師が、おいそれとは負けまいて」
ジュテリアンとフーコツは、自分を落ち着かせようとつぶやいた。
「彼女は街のコムスビです」
一緒に並んで座っているドーンコさんが教えてくれた。
「強いですよ。上にはまだ、セキワケとオーゼキがおりますが」
やがて土俵上で、立ったままファイティングポーズを取り向かい合うミトラとコムスビさん。
ボクシングか? いや、殴り合わないはず。
まあ、ぼくの知る大相撲の仕切りや立ち合いとは違うだろうとは思ってたけど。
次回「ミトラVSコムスビ」(後)に続く
次回、第百四十一話「ミトラVSコムスビ」後編は、明日の金曜日に投稿予定です。
「蛮行の雨」毎週、木曜日〜日曜日に投稿しています。
読み切りショートショート「のほほん」「魔人ビキラ」など書いております。
良かったら、読んでみて下さい。




