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「蛮行の雨と女相撲」(前)

  翌朝、

「くあーーーっ、気分爽快!」

  と口々に言って起きて来る三人娘。

ぼくがやり甲斐を感じるひと時である。


  三人娘が着替えをしていると、ノックの音がした。


「えっ。早いわね、何事?」

  頓着なく(ヨロイ)を着るミトラ。

「なっ、何者じゃ?」

  手ブラで叫ぶフーコツ。

ほぼ素っ裸だったので、黙ってベッドのシーツに潜り込むジュテリアン。


ジュテリアンはシーツから顔だけ出して、目線でぼくに「行け!」と指示を出した。

(それで来訪者の相手をするつもりか? 敵だったらどうするんだっ?!)

  と心で叫びながら、ぼくは扉まで行き、

「もう少しお待ち下さい」と声を掛けた。


「えへんえへん。おはよう御座います。ギルドの所長、エギャスで御座います」

  と言う返事が返って来た。


「なんだ。エギャス所長か。着替えよっと」

ジュテリアンがシーツを()()け、たわわな胸部を揺らした。

  誰だと思ったのかは、不明だ。


三人娘が着替え終わり、真ん中のジュテリアンのベッドに並んで座ったのを確認して、

「どうぞ」と言ってぼくは扉を開けた。


「朝早くから申し訳ありません、蛮行の皆さん」

ぺこぺこと頭を下げながら、入室して来るエギャス所長。

  体格の良い、太眉のゴツい見た目の人だ。

  

ギルドの制服の、(フフ)革鎧(レザーアーマー)。背中に二本の長剣(ロングソード)を差している。

  公用で来た。という事なのか?


「早朝に()たれると聞いていたものですから、無作法を承知で参りました。これは心ばかりの手土産(てみやげ)

  と言って小さな麻袋を差し出すエギャス所長。


「これはかたじけない。パレルレ、受け取って」

  と言って動かないジュテリアン。

手を出すぼくに、しぶしぶの(てい)で麻袋を渡す所長。

  そりゃまあ、美貌のお嬢さんに渡したかっただろう。

 

「ええ、どうしても伝えておかねばならない悲しい情報を持って参りました」

  と、神妙な顔でエギャスさん。


「えっ? 悲しい?!」

「聞き捨てならんぞ。まさかワシらの知り合いの死亡通知ではあるまいな!」

「あるまいな!」

  色めき立つ三人娘。


「あっ、そこまで悲惨ではありません」

  両手を合わせるエギャス所長。

「あのう、人身売買貴族を襲って殺した黒装束の二人組は、聞いておられると思うが……」


「うんうん、警備隊から聞いてる!」

  期待に言葉を(はず)ませ、前のめりになるミトラ。

「その二人の正体が分かったんだよ」

  言葉を崩して語る所長。

「おや? 残念な結果であったのか?」

  と、フーコツ。


「ウチのオークスとベホラフだったんだよ。昨夜、いつの間にか辞職願いが(わし)の机の上に置いてあった。そして昨日は二人とも無断欠勤だったのだ」

「斧使いのオークス殿と、大剣使いのベホラフ殿は、(ぞく)の二人組と一致する武器だったが……、やはりそのまんまであったか」


「ああ、思ってた通りじゃん。つまんないの」

  肩を落とすミトラ。

御愁傷様(ごしゅうしょうさま)?」

  と、ジュテリアン。


「まあ、そうでもない。これから義賊様の手足となって、法では裁けぬ悪党を退治して回るんだからな」

「うん? 聖女と何処かで落ち合うと言うのか?」

「そのために辞職したんだと思う」

「過酷な人生を選んだのう」


「若い連中はうらやましいよ、思い切りが良くて」

「で、聖女を(やと)った者も、その二人だと思うか? エギャス殿」

「たぶんな。自分たちの不甲斐なさに腹が立って、やっちまったんだろうな」


「ワシはよく知らなんだが、高名な義賊様なのだろう? そんな暗殺者(アサシン)を雇うとは、ギルドの給料はそんなに良いのか?!」

「義賊様は、金額じゃ動かないそうだ。義憤で動くんだとさ。辞職願いに書いてあったよ」


「書いてしまったら、正体バレバレじゃないの」

  笑い出すジュテリアン。

「覚悟の辞職だからな」

  頬をポリポリと掻くエギャス所長。

「魔狼事件に巻き込んだので、一応、報告まで。と思って来たのだが、すでにご存知だったか」


「警備隊から報告を受けていましたからね」

  と、ジュテリアン。

自分たちでも推理していた事だが、そこは黙っていた。


「ああ、警備隊な。ギルドまで様子見に来やがったよ」

  今度は太眉を掻き始めるエギャスさん。

「奴ら、オークスとベホラフの事を聞いてきたが、『今日は休みだ』と答えたら、何も言わずに帰って行った」


「そうそう。ギルドに小竜のエキスプレス便が届いたとかで、ラウガー隊長が手紙を持って来てくれたわ」

「オークスたちが何か証拠を残してはいまいかと、我々はギルド内を探しまくっていたからな。ラウガーが『配達してやる』と言うもんだから、つい、頼んじまった」


「そういう経緯(いきさつ)であったか」

  笑うフーコツ。

「おっちゃん、魔狼を捕まえたがっていたじゃん? あれはお芝居?」

  突っ込むミトラ。


「警備隊が魔狼を擁護(ようご)するので、逆張りをしたんだよ。ギルドと警備隊の両方が魔狼を持ち上げたら、具合が悪いだろう?」

「評判の悪党であったらしいが、建て前は市民。それが二人、殺されておるしのう」


「『同じ穴のイグアナ!』」突如叫ぶミトラ。

「そのサブロー語録、意味不明だから、ミトラ」

「でも、こんな時に使うんだよ」

「ワシは、何かの言い間違いだと思う」


「虫の良い話だが、聖女様の正体は、内緒にしておいてくれ」

「安心せい。警備隊にも同じ事を頼まれておる」

「オークスさんとベホラフさんの事も黙っておくから安心せい、所長のおっちゃん」

「こんなに精神的に疲れる捕り物は久しぶりだったわ」

「捕り物は禁止していただろうが、お嬢さんたち!」


「でも、ギルドと警備隊はもう少し情報共有をした方が良いと思いますよ」

  ジュテリアンが気品と凛凛(りり)しさを高めて言った。

「う、うむ。そこは今回、大いに反省した。共闘すべきであった」

  ジュテリアンの気配に押されて神妙に語る所長。


その後、多少の雑談をし、エギャス所長は、「またな」と言って帰って行った。


「黒装束の正体を、わざわざ教えに来てくれたんだ。自分の部下だから、印象が悪くなるかも知れないのに律儀なおっちゃんだね」

「聖女の雇い主で、内通者でもある二人よ」

「あっ。内通者のせいで、あたしらこの宿で襲われたんだった!」

「忘れてよい事じゃないわよ、ミトラ」


  三人娘は宿の食堂の隅っこで朝ごはんを食べた。

魔狼様万歳派らしき人たち、特にメイド長の視線が冷たくて、隠れたかったくらいだ。


しかし、コック長らアギア事件感謝派の人たちが、豊かな御弁当(バスケット)を作ってくれていた。

  それからお互いに感謝の言葉を述べて、ぼくたちはユームアマングの街を()った。


ラウガー隊長、エギャス所長の「またな」は、社交辞令だろう。もう会う事はあるまい。

聖女の「また会うぞ」は、捨て台詞(ゼリフ)でないような気がして、怖い。

  なに? なんらかの決着をつけたいのか、聖女?!

コッチは願い下げだよ。


さて、めざすはパルウーガの遺跡に眠るという伝説の小手(ガントレット)である。

  道のりは遠い。

なぜなら、また「歩き」だからだ。


エギャス所長にもらった手土産(てみやげ)、麻の小袋に入っていた焼き菓子を食しながら三人娘は進んだ。

  食べながら歩くので、喋らないかと言えばさにあらず。

  食べる食べる。喋る喋る。こぼすこぼす。

いつもの街道風景である。


パルウーガの伝説のガントレットが、すでに引っこ抜かれていた場合は、また別の伝説を狙う、というぬるい旅である。


荷馬車に追い抜かれ、(ほろ)馬車隊に追い抜かれ、たまに、

「お嬢ちゃんたち、乗ってかねえか?」

  と誘ってくれる声も断り、ぽくぽくと街道を歩き続ける「蛮行の雨」だった。



           次回「蛮行の雨と女相撲」(後)に続く



次回、第百四十話「蛮行の雨と女相撲」後編は、明日の日曜日に投稿します。

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