「蛮行の雨VSラウガー隊長」(前)
「くそう。こっちが飛べないと思って」
斧刃を引っ込めて、棍棒をホルスターに収めるミトラ。
盾を消し杖を収め、聖女の雑な消火を逃れた炎に「無能なる空気」を射ち始めるジュテリアンとフーコツ。
「足止めのための放火じゃのう、これは」
とフーコツ。
「建物の窓は、割れたり割れてなかったりね」
と、ジュテリアン。
ぼくら蛮行の雨と聖女ベルベリイとの戦闘中、あちこちそこここの窓の外に光の盾が現れていたから、そのお陰で割れなかったのだろう。
盾の力が弱い者は押し負けたかも知れないが、尼さんたちが逃げずに盾を張って頑張ったのだ。
「ううむ。あちこち割れておるが、弁償しろと言われたら、仕方がないかのう」
「建物だって、あちこち欠損してるわよ。デカい! この弁償はデカいっ!」
「だ、大丈夫、これくらいの破損ならなんとかなるわ」
「芝生の丘なんか、禿げの丘になっちゃったよ?」
「芝生を貼り直せば、何とかなるでしょう」
「芝生の思い出を返せ、って言われたら、どうする?」
「ああもう、ややこしい事を言わないで!」
ジュテリアンはそう言って頭を抱えた。
「オーロレラ副院長が、怒り心頭の態でこちらに来ますよ」
と、ぼく。
「まあ、そうなるわよね」
肩をすくめるジュテリアン。
副院長は若い尼僧、クチュロさんとチェンガさんを従えていた。
「ええっと、『聖女様が魔狼に操られている事が分かったので、解放しに来た』んだよね?」
ミトラが打ち合わせた話を確認した。
「そうじゃ。それでゆく。こちらは少しは知られた勇者団」
「たぶん」と、ミトラ。
「討伐証明書を見せれば、ワシらの身分は確かになる」
「たぶん!」力強くミトラ。
「ええっと、はずみで戦いになってしもうたのじゃ」
「ほら、フーコツ、手を休めない。壁の炎を消して!」
「怖い! 副院長さん、もう人間の顔を超えたっ!」
オーロレラ副院長は、修道院や礼拝堂の炎よりも激しく眼を燃え上がらせていたが、
「ではとりあえず、ワタクシの部屋で説明して頂きましょうか」
と、穏やかな口調でいった。
「あの、警備隊が来たら詳しくお話しいたしますので」
ジュテリアンが躱わそうとしたが、
「まずは、ワタクシの部屋でお話を!」
オーロレラ副院長はゆずらず、お供の二人の若い尼僧も、口を激しくへの字に曲げてうなずいた。
仕方なく、クチュロさんとチェンガにはさまれて、ぼくたちは副院長の部屋に連行された。
長細く狭い部屋の左右には本棚ずらりと並び、大きな窓を背にさほどでもない机があった。
椅子に座り身を乗り出し、机の上に手を組んでぼくたちの「言い訳」を聞いているオーロレラ副院長。
外で見せた険しい顔は消えていた。そして、
「それはワタクシの推測とは違いますね」と言った。
副院長の左右に立ち、への字の唇を消してうなずくクチュロさんチェンガさん。
「あんなにご寄付をされた勇者団様が、その程度の推理とは残念ですわ」
と、チェンガさん。
「何で聖女様が魔狼に操られるんですか。逆でしょう。聖女様が魔狼を操っているんでしょう!」
と、クチュロさん。
尼僧たちの言葉に絶句するぼくたち。
そんな言葉が彼女の口から出てくるとは思っていなかったのだ。
「ワタクシどもは、聖女様が魔狼を操り、各地の極悪人を退治して回っていると踏んでおりました」
と、副院長。
「そして、目標の殺人を隠すために、罪もない人々まで傷つけていたものと思われます」
と、チェンガさん。
「罪もない人々を傷つけるのは止めて頂こうと、クチュロとチェンガに見張らせていたのですが、なかなかシッポを出されませなんだ」
うなだれる副院長。
「だって、聖女様が部屋に居る時でも魔狼が人を襲っているので、副院長様の推理間違いかなーー、と」
と、クチュロさん。
「そうそう。人を襲う時は聖女様は外に出られると思っていたんですよね」
とチェンガさん。
「えーーっと、私たちも、聖女様が魔狼使いだと思っていました。あのう、嘘を吐いておりました」
とゲロし始めるジュテリアン。
「ワシらも同じじゃ。一般市民を傷つけた事を謝らそうとして拒否され、戦闘になったのじゃ」
「昨夜、宿にいる所を魔狼に襲われたのよね!」
怒り顔で言うミトラ。
「えっ? 魔狼様が貴方がたを襲った?!」
驚く副院長と二人の若き尼僧。
「そこは大問題なのじゃ。ワシらは貴方がたには宿泊の宿屋を教えておらん」
「そ、そうですね。宿屋の場所は聞いておりませんわ」
「誰が聖女にワシらの宿の部屋を教えたのか? 討伐ギルドは知っておるのじゃ。ギルドで会話した折、教えたからのう」
「ええっ? じゃあ、ギルドに聖女様と内通している者がっ?!」
「そ、そんな。昨日、聖女様の安否を確かめにギルドの方が来られましたが、あれが内通者っ?!」
(来たんかい?!)心で叫ぶぼく。
(『ばればれ』)とサブブレイン。
「そうか。やはり内通者はギルドにいたか」
と顎を撫でるフーコツ。
そんな所に、ドアがノックされ、
「警備隊の皆さんが来られました。如何いたしましょうか、オーロレラ副院長様」
と言う声が聞こえた。
「分かりました。芝生の丘に待たせて下さい。こちらから行きます」
副院長が答えた。
「分かりました、伝えて来ます」
パタパタと、かわいい足音が遠ざかって行った。
「では参りましょうか」
椅子から立ち上がる副院長。
「警備隊は、聖女派です。施しの活動を敬っています。聖女が魔狼使いであると言う推察は伏せましょう」
「では、先ほどのワシらの『魔狼に操られていた』話でよろしいですか?」
と、フーコツ。
「はい、その話で押して下さい。とにかく、聖女様が悪者にならない方向で」
禿げた丘でぼくたちの戦いの言い訳を聞く十名ほどの警備隊たち。
昨夜も会ったラウガー警備隊長が、
「昨夜の魔狼の強襲で、聖女様が魔狼に操られている事が分かり、貴方がたは解放に来たと?!」
何故か笑顔で言った。
「確かにそう言う噂はあったが……、で、聖女様は解放されたのかい?!」
「うん。解放されて、ツムジ風に乗って飛んでったよ」
と、ミトラ。
「解放されたのなら、何故、去らねばならなかったのでしょうか?」
警備隊の一人が言った。
何処にでもいるよね、ひと言、突っ込んで来る人。
「それは、また魔狼に利用されないためでしょう」
と、ジュテリアン。
「そうだ。聖女様が魔狼に利用される事はもうあるまい」
ラウガー隊長はとことん嬉しそうだった。
「人身売買の疑いのあった貴族は、今朝方、魔狼一味に襲われて死んだんだよ!」
衝撃の告白だった。
「死んだ?!(ジュテリアン談)」
「天罰?!(ミトラ談)」
「今朝方?!(フーコツ談)」
「魔狼一味?!(オーロレラ副院長談)」
どよめく尼僧の群れと蛮行の三人娘。
「魔狼一味ってナニ?!」
と、ミトラ。
「魔狼と一緒に黒装束の人間が二人、いたんだそうだ」
と、ラウガー隊長。
「体格からして、男と見られるらしい」
「魔狼の悪人退治に人間が一緒だなんて、初めての話だ」
「貴族は魔狼を恐れて出歩かず、用心棒を何人も雇って、屋敷に籠城していたらしい」
「つまり、逆効果だったって話だ」
「悪党貴族は、用心棒と一緒に斬り殺されたってよ」
「使用人たちの話によると、黒装束の二人は斧使いと大剣使いだったそうだ」
隊員たちが、堰を切ったように話し始めた。
「これらは、使用人たちからの情報だ。彼らは殺されなかったからな」
ラウガー隊長が、話を引き受けて言った。
「用心棒たちを検分して来たが、どうもおたずね者だらけのようだ。よくぞ集めたもんさ」
「ああ、何という悪党貴族っ!!」
オーロレラ副院長は、本当に怒っていた。
ぼくたちに見せた借りの怒り顔とは、深みもスケールも違っていた。
次回「蛮行の雨VSラウガー隊長」(後)に続く
次回、第百三十八話「蛮行の雨VSラウガー隊長」後編は、明日の日曜日に投稿予定です。




