「魔狼の強襲はあるのか?!」(後)
扉からの侵入となると、玄関または裏口から入り廊下を通り、二階に上がらねばならない。
それは人間に発見されたり抵抗されたりする危険に満ちている。
だから、二階の窓から突入するのが一番手っ取り早いであろうと、ぼくら(特にフーコツ)が結論づけたのだ。
「えーーっと、こう飛び込んできたら、この辺に着地するだろうから、ベッドを三つとももっと端に寄せよう」
とか、
「椅子も片づけておきましょう」
とか、
「発光石のカバー布はすぐに取れるようにして」
とか、話し合った。
相手は夜行性かも知れないし、遅れを取らないようにしよう、戦闘スペースも作っておこう、という訳だ。
「窓ガラスが飛散するだろうから、金属鎧のあたしが、この窓に近いベッドに寝る」
と、ミトラが言った。
「さあ、とっとと風呂に入って、洗濯物を早く乾かそうぞ」
フーコツが言いった。
「打撃を受けた時に吐かないように、晩ご飯は少し少ない目にしましょう」
ジュテリアンも「何か言わねば」と思ったのか、そう言った。
三人娘は、その後も魔狼との仮想戦闘で盛り上がった。
そして、徒労に終わるかも知れない作戦も練り終わり、早い風呂、ちょっぴりの食事を済ませ、乾いた洗い物もぼくの収納庫に入れて、服を着たままベッドに上がり、シーツで身体を隠す蛮行の三人。
ベッドの中の、ミトラの猫仮面ヘルメットが異様であったが、ご愛嬌であろう。
「キューー、キューー」
とか、
「ぴーー、ぴーー」
とか、イビキを掻き始める三人娘。
いや、空きっ腹を鳴らしているのかも知れない。痛々しい事である。
「くっそーー、腹減ったーー(ミトラ談)」
「緊張で目が冴えて眠れないわ(ジュテリアン談)」
「早く来い、魔狼。眠くてたまらん(フーコツ談)」
などの声が聞こえて来る。
嘘イビキか腹の虫か、どちらにしても大変だ。
ぼくは扉の前に、フタをする形で立った。
万が一、扉を破ってあるいはノックして魔狼が侵入を図っても、ぼくの機械体の質量で防ぐのだ。
そしてこの立ち位置は、魔狼が飛び込んで来るであろう窓と向かい合っている。
夜は深々と更けてゆき、眠らないので暇でひまでヒマなぼくは、
(この宿の強襲と言っても、それはギルドに内通者が居ればの話だ)
(そもそも、聖女が魔狼使いでない可能性もある)
(そうなのだ。すべてが徒労に終わり、振り出しに戻る現実だってあるハズだ)
と、自分の妄想に弄ばれた。
ぼくは眠らないので、そうやって明るい事を考えたり暗い事を考えたりしていて、窓の外に青白い発光体が浮かんでいるのにふと気がついた。
まず考えたのは、
「あっ、この世界にもヒトダマっているんだ!)
であった。大きさも、人の頭ほどもない。
ヒトダマを見るのは生涯を通じて初めてであったので、痛く感動した。
熱感知眼で見ると、人肌程度の放熱をしていた。
そして、膨らんでゆくのが分かった。
(あっ。こいつが魔狼?!)
ようやく思い当たり、ガンマ線視覚で確認したが「核」らしいものはなかった。
(なんだ、こいつ?!)である。
その発光体は電光を放ち始めた。
(魔狼で決まりだ。しかし、ヤバくない?)
(小さいのが膨らんでゆくんだよ?!)
(『起床!』)と、サブブレイン。
それはそうなんだけど、今、騒いで逃げられたら元も子もないじゃないか。
発光体ははどんどん膨らんでゆき、六箇所の突起を形成してゆく。
二本の前脚、二本の後脚。そして頭部と尻尾だ。
(部屋に誘き入れる)
じっとしてりゃ、いいんだ。
(『待機?』)
(うん。侵入を待とう)
(『御意!)
まだ不充分に思えた魔狼の具現体だったが、窓を割って部屋に飛び込んで来た。
その騒音でベッドの上に、一挙に跳ね起きるジュテリアンとフーコツ。
「お待ちかねの魔狼じゃな」
そう言って、自分のベッドの上の発光石を覆う布を取った。
増光現象がまだ続いており、パッと明るくなる室内。
ぼくも、ようやく扉横の布を取り去り、発光石を剥き出しにしだ。
目を瞬きながらも青白く輝く魔狼の位置を確認し、前面に光の盾を発現させるフーコツ。
五層をピッタリとくっ付け、一枚と見せる強力な盾だった。
「こら。起きなさい、ミトラ!」
ガラスの破片をシーツに浴びて、なおムニャムニャと惰眠を貪る鎧娘を足で揺するジュテリアン。
ついでに、自分のベッド上とミトラのベッド上の発光石を解放した。
彼女もまた、五層を一枚と見せた盾を発現させている。
ぼくは、十層の青盾"フフシルト)を出来るだけくっ付けて発動させた。
うまくいかなかったが。
その間にも、発光体は目や口や鼻を形成してゆく。
二本の角が、魔狼らしさを表している。
「ミトラ!」
ついに、横でこんもりと盛り上がっているシーツを蹴るジュテリアン。
魔狼はそのシーツの盛り上がりに向かって跳んだ。
「わっ!」と叫んでベッドから飛び降りるジュテリアンとフーコツ。
魔狼はしかし、シーツの盛り上がりに届く前に、出現した紫の盾に跳ね返され、床に落ちた。
しかし、叫びも唸りもしない。
確かに、音を出すのは暗殺者として失格だ。
シーツを跳ね除けて姿を現わしたミトラは、フルアーマーである。
手には棍棒を持っている。
それを見て魔狼は、罠にはまった事を自覚したはずだ。
頭部を振って、得物を持って身構える三人娘を見ている。視覚はあるのだろう。
「盾が二層、壊された。強いよ、こいつ」
と、ミトラ。
彼女も五層の密着盾を発現させていたのだ。
そして直ちに補充される紫の盾。
「あの弱々しいアタックで、ミトラのビオレータをか? なるほど、侮れんな」
と言って、短杖を突き出すフーコツ。
「大変だ。こいつ、心臓も脳もないよ。操り人形だ。そして何かのエナジー体だ」
ぼくは視覚調査を報告した。
「ええっ? どうやって倒すの?!」
と、ミトラ。
「急所がないのか?! 厄介じゃのう」
と、フーコツ。
ジュテリアンは、
「浄化」と、つぶやき、派手な光の帯を八方にほとばしらせた。
幾分、前方、つまり魔狼の方向に集中していた。
その放射は、成長の証と言えた。
次回「魔狼、絶体絶命?!」(前)に続く
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次回、第百三十五話「魔狼、絶体絶命?!」前編は、来週の木曜日に投稿予定です。
ではまた、来週の木曜日に。




