「オーロレラ副院長」(前)
「でもさあ、相手は魔狼でしょ? 一角犬のちょっと大っきい奴だよね?」
ミトラの認識は、「大っきいのは鷲、小っさいのは鷹みたいなモノかも知れない。
「先ほども話したが、そもそも問題の獣は魔狼ではなかろう」
と、フーコツ。
「三ペート(三メートル)もあるとか、電光をまとっているとか、そんな魔狼は聞いた事がないものね」
と、ジュテリアン。
「ええ? やっぱり、幻魔とかになっちゃうの?」
「何か得体の知れぬモノじゃ。これだけ大きな街の警備隊やギルド職員が捕らえられずにいるのだ。そこがそもそも変じゃろう?」
「そうね。魔狼一匹捕まえられない警備隊なんて、ないよね。どんな田舎に行っても」
と、ミトラ。魔狼、もはや野良犬あつかいか?
「じゃあ、最初は魔狼と見せかけて、人たちを油断させたのかもね」
修道院をめざしながら、ぼくたちはそんな事を話した。
「『魔狼はすでに義賊様になっちまった』とか、言ってたものね、ギルドの人たち」
と、ジュテリアン。
「義賊よね。シッポを出さない街の悪党を、二人殺しちゃってるもんね」
と、なんだか嬉しそうに言うミトラ。
「魔狼と魔狼使い、またその雇い主を捕まえると、市民から恨まれそうじゃが、仕方がないのう。買ってやろう」
「え? なんか買うの? 名物とか?」
またも嬉しそうに言うミトラ。
「警備隊やギルドの代わりに、ワシらが恨みを買ってやるのじゃ。所詮ワシらは流れ者。カタがついたら街を離れる。この街の住民に恨まれても、ワシらの生活には関係なかろう?」
「ギルドも、汚れ仕事をさせるつもりで、協力を頼んだんだと思うわ」
「あーー、利用されてやろうと言う……、馬っ鹿じゃないの、あたしたち」
やがて道の向こうに修道院らしき敷地が見えてきた。
明らかに異質な空間だった。
敷地は広く、低い板の垣根に囲まれている。
白壁の、小さく質素な三角屋根は礼拝堂だろうか?
女神教の証である三角形が、正面扉の上部に飾ってある。
そして、少し離れた所にある、地味で大きな建物が尼僧院か?
尼僧が、窓から身を乗り出して、布を叩いているのが見えた。
その巨大なレンガ造りは、ユームアマングが村だった頃から建っている、と警備隊に聞いたっけ。
「おう。尼さんが、街のど真ん中で畑仕事をしておる」
「あの修道院の周りに、家が建って行ったんじゃないの?」
そういえば、修道院の敷地から八方に道が伸びている。
放射路の中央が、修道院なのか?
教会の、開かれた木の門を通って入ると、小さな手押し車を押している尼僧に呼び止められた。
白い頭巾にオレンジのローブ姿だった。
手押し車には、色とりどりの野菜が載っていた。
「あのう、もし。ユームアマング修道院に何の御用でしょうか?」
ジュテリアンとフーコツはともかく、ミトラは金属鎧を着てるし、ぼくはメタルゴーレムでしかも人よりはるかにデカいから、不審者と思われたのだろう。
門に見張りはいなかったのだが。
「旅の勇者団です。今日は、修道院への寄付金を持って参りました」
と、卒なく述べるジュテリアン。
「まあ! 勇者団様が寄付金を?!」
パッ! と表情を明るくする若き尼僧。
こんな笑顔を見せるうら若き尼さんが、今、起こっている魔狼事件の黒幕の一人だというのは、キツい。
ついこの間まで、製造工場で働いていた独身男の偏見だが。
あっ。もっと上の責任者たちが、黒幕にしよう。
そうだ、そうとも! お婆様たちが、正義に狂って悪人を殺させているのだ。
下級の尼さんたちは、何も知らされていないのだ。
「どうぞこちらに」
声を弾ませ、手押し車を押して先に立つ尼さん。
案内されたのは、白壁の礼拝堂だった。
「ここなら、いかなナラズ者とて乱暴は出来まい」
とか考えたのかも知れない。
「蛮行の雨」の狼藉は、時も場所も選ばないと思うけど。
それはともかく、外から見たまんまの三角天井だった。
梁はなかった。
建物の内壁も白かった。
やや細長い部屋に、長椅子の信者席が左右に幾列も並んでいる。
中央通路が質素な主祭壇に伸びている。
そしてそのさらに奥、突き当たりの壁を背にして、薄衣をまとった白くて巨大な石像が立っていた。
女神像だろう。
メイド服姿の僧侶ジュテリアンが、像を見上げて両手の指を組み合わせた。
女神像は、巨大と言っても人間と比べての事だ。
三メートル強くらいの立像である。
両手を広げ、手のひらを広げ、何かを受けているように見える。
そのようなポーズを実際に見るのは、回復光を受ける姿だと思った。
次回「オーロレラ副院長」(後)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第百三十一話「オーロレラ副院長」後編は、明日の金曜日に投稿予定です。
ではまた、明日。




