「蛮行の雨、連行される」(前)
『ロピュコロス軍、スハイガーン軍、双方の消耗は激しく、勢力は甚だしく減衰した!』
とか、
「もはや勝利したスハイガーン軍も、ロピュコロス軍の残存兵力を加えても、戦闘以前の半分にも満たず!』
とか、書かれていた。
「なにこれ? ロピュコロス軍は消滅してるし、スハイガーン軍は半分以下の戦力になっちゃったの?」
書いてある通りを言うミトラ。
「共倒れに近い。実にありがたい事だ」
と、傍らの警備隊員。
「なにやってんだか。人間の戦争もそうだけど」
鼻の下を指でこするミトラ。
「ロピュコロス軍は、四天王のうち三人までも失っておる。イケる、と思うたんじゃろうなあ、スハイガーンは」
フーコツは、ため息を吐いた。
「俺もそう思う。ところが、思いのほか、ロピュコロス軍が手強かった、って話だろう」
と、くだんの警備隊員。
『スハイガーン四天王は解散し、ロピュコロスを加えて五神将を名乗るに到った!』
魔王が降格しちゃったよ。ここは、四天王より手強くなったんじゃないの?」
と、ミトラ。
「それじゃ、『魅了』は、解けたってこと? 魔王じゃなくなったんだから」
と、ジュテリアン。
「しかし、『魅了』はスハイガーンも持っておろう。魔王なんじゃから。ロピュコロスの兵は、再び魅了に囚われたであろうな」
と、フーコツ。
「えーー。ロピュコロスは今、スハイガーンの魅了下か。ムンヌルさんは……」
そのミトラのつぶやきを聞いて、
「エヘン、エヘン!」
と咳払いをするジュテリアン。
「あっ!」と言う顔をして、同じように咳き込むミトラ。
「兵たちが半分以下になったのに、ロピュコロスとスハイガーンの両方の領地を収めるって、無理っぽくない?」
「ポイのう」
ミトラの言葉に顎を撫でながら、つぶやくフーコツ。
「今や、スカスカの防御力であろうな」
「チャーーンス! とか考えていそう、人間は」
ジュテリアンが苦笑した。
「いや、チャンスだろう。スハイガーン軍は、今やヘロヘロに疲弊しているんだから」
語気を強めて話に割り込んで来る警備隊員。
「あなたたち、冒険者だろう? 名を上げるチャンスだよ。この街でも傭兵を募集しているぜ」
「言っておくが、人間とスハイガーン軍が戦争を始めたら、魔王ドゥクェックが両軍の疲弊を待って攻めて来ようぞ」
フーコツが自信ありげに語った。
「ドゥクェック……、ここ三百年間で、人間の国を攻めて来たのはドゥクェック軍だけだから、あり得る話ね」
とはジュテリアン。
三百年前の、ドゥクェック軍との戦いを知る人物だ。
「攻めては退き、退いては攻める。の繰り返しであったろう」
「人間軍の反応とか、軍備を見ていただけでしょうけど」
そして遺跡屋の商品、古代ムン帝国のメタルゴーレムたちを投入されて、ドゥクェック軍は撤退するのだ。
「魔族に詳しいんだなあ、あんたたち」
警備隊員が眉間に皺を寄せて言った。
「わたしは見ての通りエルフですので、三百前のドゥクェック軍との小競り合いは知っています」
と言い出すジュテリアン。
「その見物の後、宮廷に勤めましたので、そこでまた情報を得ました。魔族の動向は、軍やギルドから入って来ますから。憶測もふくめてですが」
「宮廷? 宮廷からの出張部隊なのかね? あんたら」
「あ。宮廷は、七十年前に辞めています。今は仲間と」
と、両手を広げるジュテリアン。
「野良の勇者団をやっています」
そう言って、ぼくのマントを指した。
黒マントに赤の裏地。
勇者団の証である。
「ワシはそのう、ドゥクェックの噂話をしたまでじゃ。別に彼奴と親しい訳ではない」
と、余計な事を言うフーコツ。
「誰もお嬢さんとドゥクェックが親しいだなんて思っていませんよ」
と、笑う警備隊員。
ヤッバイ! と思ったのだろう、ミトラとジュテリアンも口を大きく開き、目をへの字にしてカラカラと笑った。
「それでは、私たちは宿を探しておりますので」
そう言って、掲示板を離れる蛮行の三人娘。
警備隊員も、
「ごゆっくり」と言って、ぼくたちに手を振った。
去りながら、後頭部の電子眼で見ていると、彼はやがて検問所に立つ仲間たちの所に走って行った。
その動きをぼくは、
「怪しい余所者」と認定されたのではないかと、少し心配した。
「バンガウア殿が死亡したなどと、俄かには信じ難い」
フーコツが歩を進めながら唸った。
その思いは、全員が同じだろう。
「ムンヌルさんが、人間に魔族弱体化の情報を流したんでしょうけど、バンガウアさんの死亡は、フェイクなら余計な話よね。あるいは……」
と、ジュテリアン。
「あるいは?」
と、ミトラと、フーコツと、ぼくと、サブブレイン。
「魔族の戦力は減っておらず、バンガウアさんも死んでいなくて、彼は魔王スハイガーンの魅了に囚われている。のかも知れない」
「その場合は、この情報はムンヌル殿のものではない事になるな」
「人間を油断させるための、スハイガーン軍のフェイク情報なのよ」
(ジュテリアン、考え過ぎでは)と、思うぼく。
「げっ?! 人間が誤情報にウカレて、攻めて来るのを待っているわけ?」
目を剥いて言うミトラ。
「しかしいずれも、私たちの妄想に過ぎないわ。もっと情報が欲しい。クカタバーウ砦に伝達蜥蜴を飛ばしましょう」
ジュテリアンが進言し、サブブレインもふくめて全員がその意見に賛成した。
次回「蛮行の雨、連行される」(後)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第百二十九話「蛮行の雨、連行される」後編は、明日の金曜日に投稿予定です。
いよいよ梅雨か? キノコが楽しみ。
ではまた明日。




