「やさしきフーコツ」(前)
フーコツの火球と無頼漢の水球、ジュテリアンの水球と無頼漢の火球などが打つかって小爆発を起こし、水蒸気が視界を塞いだ。
「前がよく見えん。ゲンツェンはどうなっておる?」
と、フーコツ。
「逃げ損ねた女性を盾にして、身を守っている。たぶん」
ぼくはガンマ線視覚で見た壮年男の様子を知らせた。
たぶん、というのは、輪郭からのぼくの推測である。
「逃げ損ねた?」
「おそらく、ボスが膝に乗せていた女性だと思う」
「あの大きめのシルエットかのう。とりあえずロックした」
フーコツは、ゴーグルを装着して言った。
「残念だが、約一名、民間人が犠牲に……」
「犠牲にしないでね! 『お梅さん』じゃないんだから!」
と、叫ぶミトラ。
「お梅さん」の出典は、サブロー語録だろう。
新撰組筆頭局長、芹沢鴨の妾の名前である。
土方歳三、沖田総司が暗殺のため芹沢鴨を襲った時、同じ布団で寝ていたので殺されてしまった女性だ。
「お梅さん」をどのように語録で使ったのかは不明だが、少しやりにくくなった。
と、ぼくは思った。
「ふん。女性を傷つけたら、自分の命がなくなる事は分かっておるはず。奴は何も出来んさ」
そしてフーコツは、スカートをめくって、太股の短杖を抜くと、天井に何発もの雷を射った。
爆音が連続して部屋に響き、ジュテリアンやメリオーレスさんは思わず耳を塞いでいる。
(へえ、雷は杖がいるんだ)と思ったのは内緒だ。
破裂し、燃えて四散する天井のあちこち。
悲鳴が次々と起きたのを確認して、
「命の惜しい者は外に出ろ! ワシらが用があるのはゲンツェンだけだっ!」
と、怒鳴るフーコツ。
魔法合戦はすでに止み、視界は開けつつあった。
雷撃を射てる者は珍しい、と聞いた。
脅すには充分であったようだ。
「ぎゃあ!」
と叫んでゲンツェンを殴り、逃げ出す人質の女性。
「あたしは関係ない! 関係ない!」
と叫んで走っている。
虚を突かれて拳骨をモロに顔に喰らい、床に倒れる壮年の男。
「おう。窮鼠、魔族を噛む」
サブロー語録らしきモノを吐くミトラ。
女性に負けじと逃げ出す髭もじゃボスと、ヅァロリン団の面々。
魔法合戦で燃える壁や天井などは、ジュテリアンが「無能なる空気」を射って消し始めた。
「な、なんだ? あの紫の煙は?」
起き上がりつつ驚くゲンツェン。
「白い泡ばかりがニュルアリアではない」
と、ジュテリアン。
酒場に残ったのは、もはやゲンツェンと蛮行の三人娘、メリオーレス特捜官と、ぼくだけである。
酒場の外では、怒声や悲鳴が上がっている。
モヒカンコンビや警備隊たちが頑張っっているのだろう。
「ゲンツェン、フェミニストで鳴らしたお主が女性を人質に取るとはのう」
「なんとでも言え。臨機応変だ!」
「いざと言う時に、本性が出る。悲しい事実じゃ」
「お前はどうなんだ。屠殺人のくせに」
「屠殺人、って、なに?」
と、ミトラ。
「古語じゃ。昔、鼠を殺すように人を殺す者をそう呼んだのじゃ」
律儀に答えるフーコツ。
「心配するな。ドゴラッドはすでに捕らえた。市民たちも馬鹿ではない、スパイを送り込んで、反撃の機会をうかがっておったのじゃ」
「ドゴラッドが捕まった? 乱痴気のドゴラッドが?」
「えーーと、貴族の屋敷は街はずれにポツンとたたずんでおったので、攻めやすかったのじゃ」
街ん中のこの酒場も、お構いなしに攻め込んだが。
「そ、そうか、奴は捕まったのか。そう言えば、お前が殺す気ならば、格闘家の俺などとっくに殺されているはず……」
思案顔になるゲンツェン。
「俺はドゴラッドに誘われただけなんだ。皆んな彼奴の仕組んだ事なんだ!」
「ドゴラッドは、お主に誘われたと言っておったぞ」
「なっ、なんだと! それは嘘だ。奴が誘った証拠はある。ドゴラッドと話をさせてくれ。奴の嘘を暴いてみせる!」
ゲンツェンは意気込んでそう言った。
「うむ。屯所できっちりと悪事をゲロするのじゃな、ゲンツェン」
「畜生。街の連中、よりによってテメエみたいな凶悪漢を雇うとは」
「お主に言われたくないわい」
「なあ。俺ら、やり直せねえかな」
「それはお主が罪を償って、刑務所から出て来てからの話じゃな」
「ああ。それは仕方ねぇな……」
ゲンツェンは大人しくこちらに歩いて来た。
「悪事をゲロしたら、命は助けてくれるんだよな」
「昔、ワシと一緒に、悪党や魔獣を退治していた事を証言しよう」
「そ、そうだ! 身体を真っ二つにされていたお前を助けたのは俺たちだからな!」
目を剥いて、ゲンツェンはフーコツに指を突きつけた。
「あれは、そういう作戦であったろうが」
苦笑するフーコツ。
魔族ロピュコロス軍四天王のひとり、風のシュクラカンスを倒した話だ。
相手が強すぎたので、相討ちを狙ったと言ってた。
「が、まあ、そんな話も含めて、極刑にならぬよう願ってみよう」
「死刑にならなくったって、一生、牢屋から出られるわけないじゃん」
ミトラが憤慨の態で言った。
ゲンツェンの虫の良い話に怒っているのだろう。
「恩赦。恩赦があるさ。牢から出たら、心を入れ替えてまた、フーコツと一緒に悪党退治をするさ」
「うむ。大切なのは、そういう罪滅ぼしの心じゃ」
「今さらだけどな、お前がいなくなってから、何もかも上手くいかなくなったんだよ」
「ドゴラッドも、そんな事を言うておったな」
「お前が俺らのパーティをコントロールしてやがったんだ。いなくなってから気がついたぜ」
「リーダーがお主だったので、目立ちたくなかったのじゃ」
「こうして奈落に落ちた俺らが悪いんだがよう、お前ももう少し、正体を見せてくれても良かったんじゃねえか?」
それからゲンツェンは店を出るために、ぼくと並んで先頭を歩いた。
「その酒樽、一級品だよなあ」
「ぼく、飲まないし、分かりません」
「で、何しに来たんだ、おめえはよう」
「荷物持ちです」
そんな話をしている後ろで、フーコツがジュテリアンのスカートをめくり、太股に巻いた革ベルトから短剣風回復杖を抜くのを、ぼくの後頭部の目が目撃した。
無法丸。
端的に言って、それは短剣であった。
(何をするの!)
と、いう顔のジュテリアン。
同じ思いのぼく。
次回「やさしきフーコツ」(後)に続く
読んで下さった方、ありがとうございます。
次回、第百二十六話「やさしきフーコツ」後編は、明日の日曜日に投稿予定です。
今回、長くなってしまったので、後編は短いかも知れません。
小ネタ入れて引き延ばすか?
小ネタ物語みたいな話だから、どこに差し込んだかわかるまいて。
みたいな話になるかも知れません。また明日。




