「ドゴラッドとゲンツェン」(後)
そうして、壁の裏の隠し部屋から、市長と無頼団の「共闘の覚え書き」を手に入れた。
人身売買に関する契約書や計画書もあった。
「大収穫だ! あまり痛くないように殺すよう、街にお願いしてあげるわ!」
メリオーレスさんは、嬉しそうにボスの肩を叩いて言った。
それから二階の寝室まで行き、失禁と脱糞で汚れた傀儡ボスの履き物を、新しい物に変えた。
再調査に来た者たちは、汚物に塗れた衣類やタオルを発見する事であろう。
ボスはメソメソ泣き続けて鬱陶しかったが、もう死ぬんだから、仕方がないかなあ、とも思った。
悪行と根性でのし上がった筋金入りの人物ではないんだから。
メリオーレス特捜官の、フーコツへの反発は、生きたまま捕らえたかった面子から出たのだろう。
だが、メリオーレスさんだったら、ぼくたちがいなかったら、今回の事件はどう仕上げたのだろうか?
という話だ。
用心棒ドゴラッドの腕前は、結局分からず仕舞いだった。
フーコツの恐ろしさが、際立ったばかりだ。
「フーコツ、ずっとカマトトぶってたんだ」
ニヤニヤしながら、フーコツを見上げるミトラ。
「それは違うぞ。猫を被っていただけじゃ」
と、応じるフーコツ。
「自分の凶暴性にウンザリしていたのでな、生まれ変わりたかったのかも知れん」
「ああ。出会う人たちが新しかったら、それも有りだよね」
「討伐団の変更など、良いチャンスであろう?」
ぼくも学校を変わる事で、やり直そうとか考えたなあ。
上手く行かなかったけど。
「警備隊が恐れていた用心棒が、なんと呆気ない……」
玄関に向かいながら、ザミールさんがつぶやいた。
「ボスさん、とんだトバッチリねえ」
と、ささやくジュテリアン。
「傀儡だが、ボス面をして甘い汁を吸っていたはずじゃ。ワシは、罪は死んだドゴラッドに等しいと思うぞ」
と、ささやき返すフーコツ。
屋敷を出ると、中庭では警備隊とギルド職員が逃げ出したエオール団とまだ戦っていた。
火球、氷、岩、水柱か飛び交う中、蛮行の三人娘とメリオーレスさん、そしてぼくも警備隊、ギルド職員に加勢した。
モヒカンコンビは、ボスを捕まえていたので不参加だ。
怪我人が一挙に増えたが、鎮静は早かった。
「何から何まで申し訳ない」
恰幅の良い警備隊員が、ぼくたちに頭を下げた。
目立たないが、ずっと先頭近くにいた人だ。
野太い声の、貫禄のあるおじさんで、長い六角棒を下げていた。
棒術使いか?
そして傀儡の隊長か?
「用心棒は殺してしまった。お主らが手こずっただけあって、強かった。ボスは生け捕りに出来た」
と、報告するフーコツ。
「あのモヒカンコンビは、以前に話したこちらのスパイです。仲間なので、よしなに」
と、付け足すジュテリアン。
ぼくたちは、用心棒の死に関しては口裏を合わせていたのだが、特に確認される事もなかった。
ただ、
「くそっ、楽に死にやがって」
と悔しがる隊員は、多かった。
少し薄暗くなっていたが、
「このままヅァロリン団も潰しましょう!」
と進言する隊員、職員が多く、勢い「やっちゃう」事になった。
アレだ、ランナーズハイだ。
思いのほか、自分たちに被害を出さず、素早くエオール団を潰したので、盛り上がるのも仕方がないかも。
屯所の牢屋にエオール団を放り込み、一息ついていると、
やがて、
「ヅァロリン団は街の酒場を占領して、騒いでいる最中」との情報がもたらされた。
「壊しても酒場ひとつじゃん。ラッキー!」
というミトラのノリで、突入する事となった。
酒場への突入は、「貢ぎ物」のフリをした蛮行の三人娘と、メリオーレスさん。
そして手土産を持つぼくだ。
「これ以上、お主たちが仲間を失う必要はない」
とフーコツが言っていたが、単に警備隊を守りながら戦うのが面倒だったからだろう。
ぼくらはこうして、すでに日は落ちていたが、酒場に向かった。
四人の娘は、エオール団を潰した時と同じドレス姿。
武器はスカートの中。
ぼくは土産の酒樽を二つ持たされた。
「この方が、それっぽいから」
と、六角棒を持った警備隊員に言われたからだ。
正面扉の見張りに、ジュテリアンはスカートの両端を摘み上げお辞儀をして、
「皆さんのお相手をするよう、市長に言われて参りました」
と、笑顔を見せた。
デレッと目尻を下げた見張り二人を、素早く手刀で倒すフーコツとメリオーレスさん。
物陰に隠れていた警備隊&ギルド職員が、ぞわぞわと出て来て酒場を取り囲む。
裏手の見張りも同じ手口で倒し、配備が終わった事を確認した。
表の両開き扉に手を掛けるフーコツ。
扉の隙間から、軽妙な音楽と喧騒が漏れ出ていた。
扉を勢いよく押し開くフーコツ。
中は、光量の増した発光石のおかげで、昼間のように明るかった。
同時に、ぼくはスピーカーを使い、打ち合わせ通り大音量で叫んだ。
「久しぶりだな、ゲンツェン! こんな所で何をしている!」と。
その大声で、一瞬にして静まりかえる酒場。
数十人の、赤蜥蜴のベストを着た荒くれ者。
そこに混じる、肌も露わな、派手な衣装、化粧の女性たちが、十人ばかり。
さらに楽器を演奏していた数人もふくめ、一斉に出入り口に立つぼくたちを見た。
「フーコツ!」
と叫び、七三分けの目立たない壮年が、椅子から立ち上がった。
よし、あいつが用心棒。
「市長に言われてやって来たのよ。楽しく遊びましょう」
と、ドレス姿の自分の豊乳を揉むフーコツ。
「おお、市長。気が効くじゃねえか」
と言って笑う、一番奥の丸テーブルの髭モジャ大男。
膝に女性を乗せている。
「馬鹿野郎っ、あの女は屠殺人だ。殺せ! 命令しろ、ディネロ!」
よし、あの髭モジャ大男が、ボス。
「ああ? 野郎ども、あの女たちを殺せ」
隣に立つ七三分けの男に背中を叩かれて、命令を下す大男。
「市長が送ってきた商売女だろ?」
「良い女たちじゃないか、何が問題なんだ?」
「ゴーレムの抱えている酒樽は一級品だぞ」
「飲もう! 飲もう!」
「あんな顔、知らないわよ」
「他所の街から呼び寄せたのかしら、失礼ね」
「どこかの素人女だよ。立ち方が甘い」
話し始めるが、攻撃はしてこなかった。
「見た途端に『殺せ』だって。フーコツ、大人気ねえ」
笑うジュテリアン。
「あいつ、自覚あるんだ。殺されるだけの」
と、ミトラ。
「フーコツさんの歪な正義感がよく分かる反応ねえ」
と、メリオーレスさん。
「埒があかぬのう」
フーコツはそう言うと、八方に火球を射った。
酒場の壁が、天井が、テーブルが燃え上がった。
悲鳴を上げて騒ぐ女たち。
「わしらは関係ない! 関係ない!」
健気に楽器を抱え、扉に向かって走り出す音楽隊。
ようやく反撃を始める無頼漢たち。
火球、岩球、水球が飛んで来るが、すでに幾重にも盾を張っているぼくたちは、そのことごとくを弾いた。
そんな中で、商売人の女性、音楽隊を逃すミトラとメリオーレスさん。
「火は消さなくていいの?」
と、ジュテリアン。
「では、お主が消してくれ。ワシは燃やす」
フーコツが答えた。
次回「やさしきフーコツ」(前)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第百二十六話「やさしきフーコツ」前編は、明日の日曜日に投稿します。
お楽しみな方、お楽しみに。ではまた明日。




