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「ドゴラッドとゲンツェン」(前)

「私たちまで殺せって、死に急いでるの? それとも死にたいの?」

  ジュテリアンが重言した。

「殺されても仕方がないような罪の意識があるわけ?」

  ミトラも問うような物言いをしたが、返事はなかった。


「てめえら、攻撃だ! 攻撃しろ!」

優男(やさおとこ)ドゴラッドは、背後からボスの首を(つか)んで盾にしている。


  しかし、自分の正体を隠していたようで、

「ドゴラッド、なんのつもりだ?!」

「用心棒の分際で偉そうな口を叩くな!」

「ボスを離しやがれ!」

  (わめ)く無頼の(やから)。  


ただ、肥満体のボスだけは、黙って首を(つか)まれ、大人しく盾になっている。

  本当のボスである用心棒のヤバさを知っているのだ。


  そして、誰もぼくたちを攻撃してこない。


「見てわからねぇのかっ、その女はヤバいんだっ!」

「ドゴラッド、世直し旅はどうした?」

「うるせえっ! お前が悪いんだぞ、討伐団を抜けやがって。あれから何もかも上手(うま)く行かなくなっちまったんだ!」

「何があったか知らんが、それはお主自身の責任であろうよ」


「畜生っ。やっと棲家(すみか)を見つけたってのに! なんだテメェ、フーコツ!」

「フーコツとやらは、お主の捨てた世直し旅をしておるのかも知れんな」


  フーコツは前に出した盾を(スヴァスティカ)に変化させた。


「うわあ、スヴァスティカはやめろ! 爆死は嫌だ。ゲンツェンが悪いんだ! 俺は彼奴(あいつ)にそそのかされただけなんだ!」


「わしは関係ない! わしは関係ないのだ!」

フーコツに(おのの)くドゴラッドを見、今また目の前に卍手裏剣を見て、ボスが叫んだ。

  本当にヤバいのは誰か、分かったのだろう。


「オレは命令されていただけだ!」

「助けてくれ! 数合わせて集められただけなんだ!」

「パシリなんだ。ただのパシリなんだよ!」

卍の威力を知っているのだろう、手下たちも騒ぎ始めた。


「よし。パシリと数合わせは、外に出てゆけ!」

  と、フーコツ。

われ先に居間から逃げ出してゆく無頼漢たち。 

外には警備隊たちが居るので、誰も逃げ出す連中を攻撃しない。


「チッ。小物は相手せずか。相変わらず嫌味(イヤミ)な女郎だ」

  と、用心棒。

「外には、警備隊やギルドの猛者(もさ)がいる。彼らにも仕事をやらんとな」

  と、フーコツ。 

雑兵(ぞうひょう)が相手だ。警備隊も大丈夫だろう。


「あの弱腰だった警備隊が腰を上げたのか? 何者なんだ貴様ら」 

  ボスが(うめ)いた。


部屋に残った黒蜥蜴(エレサウラー)のベストは、傀儡(かいらい)のボスと、用心棒ドゴラッドと、スパイのモヒカンコンビ、ザミール&カメラートだけだった。


「ザミール、カメラート、よく残った! 女どもをやっちまうんだ。幹部にしてやるぞ」

  嬉しそうに叫ぶドゴラッド。


「俺たちゃ、あっち側の人間なんで」

  黒蜥蜴のベストを脱ぎ捨てて言うザミールさん。

「お世話になりました」

律儀にボスに礼を述べ、こちらに走ってくるカメラートさん。


「嘘だろう?!」

「その顔とその声でお前ら?!」

  目を()いて驚くドゴラッドと傀儡ボス。

「ザミールとカメラートは、昔からの仲間じゃ」

  と、フーコツ。

「こんな場合、最適なスパイじゃろう?」


「ゲンツェンは、もう一方の無頼団の用心棒だったわね」

  と、メリオーレスさん。

「ゲンツェンも、昔の討伐団仲間じゃ。情けない話で申し訳ない」

  と、フーコツ。

「大人しくお縄に付け、ドゴラッド。(はりつけ)が待っているそうだぞ」


先程まで死を恐れていたようだが、(のが)れられぬ事を悟ったのか、

「そんな死に方は嫌だ。ひと思いに殺してくれ、フーコツ」

  などと言い出した。だか、ボスは離さない。


「甘い事を言うな。さんざん悪事を重ねて来たのであろうが。ドゴラッドよ」

  フーコツは卍を水平にした。

射出準備だ。


「違う! わしは違う! 体格を買われてボスにされただけだ!」

  (わめ)き始めるボス。


卍が二人に向かって飛び、観念して目を閉じるドゴラッド。

  どんだけフーコツが怖いんだ?!

目を見開き。悲鳴を上げ続けるボス。


しかし、ボスの目の前で卍は停止した。

「うぎゃぎゃ、う、うきゃ?」

  小便を漏らしながら、ボスが奇妙な声を出した。

目を開ける用心棒ドゴラッド。

  首と胴がまだつながっているのを(いぶか)る眼をしていた。

  その眼の前で、卍は円盤型の盾に戻り消滅した。


「うっ。な、なんの真似だ、フーコツ」

「昔のよしみだ。出来るだけ、減刑を頼んでやろう。殺す気なら、とっくに殺している。ワシの性格は知っておろう?」

「お、(おど)かしやがって。フーコツ、少しは学んだか、世の中を」

  そう言って、ボスを手放すドゴラッド。

その場に崩れ落ちる傀儡ボス。


「そういう話じゃ。自我を張っても、世の中は思うようにならぬ事ばかりじゃ」

  と、フーコツ。

「さあ、その長剣を渡せ。外の連中に、丸腰になって無抵抗をアピールするのじゃ」


  そう言って、ヅカヅカと用心棒に近づいてゆくフーコツ。

(大丈夫か?)

  という目のミトラたち。

しかし、誰も声は掛けない。


剣を抜き、グリップをフーコツに向けて差し出す用心棒ドゴラッド。

  剣を受け取り、刀身を見ながら、

「手入れはきちんとしていたようじゃな」

  と、フーコツはつぶやいた。


「まあな。剣士の魂だからな」

  苦く笑って、首を振るドゴラッド。

フーコツは、そのドゴラッドの首を、受け取った剣を横に()いで斬り落とした。


「ひい!」

  と、ボス。脱糞の大きな音がした。

「ひえっ?!」

  ザミールさんとカメラートさんも、奇声を発した。


  床に転がった頭部と身体を見下ろして、フーコツは、

「ワシもあれから学んだぞ。殺す時は、タイミングも大切だとな。死を覚悟した者を素直に殺してもつまらん」

  と言った。


「なぜ殺した?! 逃げ腰だったじゃないの、あの用心棒」

盾を消しながら、メリオーレスさんが詰問(きつもん)するように言った。

確かに、用心棒はフーコツを視認した後、(わめ)くばかりで、(みずか)らは攻撃しなかった。

  攻撃しても、通用しない事が分かっていたのだろう。


「悪人に身を落としたとは言え、かつては一緒に魔族を倒し、メシを食った者が、(はりつけ)とか鋸挽(のこぎりび)きとかに処せられるのは受け入れ難い。個人的にな」

  フーコツは(よど)みなく応じた。


「警備隊や街の人々の無念はどうなるのよ!」

  さらに声を強めるメリオーレス特捜官。

「行きずりの街の事など、知らん」

  フーコツの答えは、簡潔(かんけつ)だった。


「まあ、殺すとは思ってだけど」

  と、ジュテリアン。

「フーコツ。激しく抵抗されたので、殺しちゃったのよね?」

  と、ミトラ。

「そうじゃ。警備隊の言うように、手強(てごわ)かったのじゃ」

「承知しやした」

  と、ザミールとカメラート。


「メリオーレス、そういう事だから」

  ジュテリアンにそう言われ、

「分かったわよ」

  と、渋渋(しぶしぶ)(てい)で、メリオーレスさんが応じた。


「ボスさん、あなたも分かったわね? 命が惜しかったら、きりきり白状しなさいよね」

  ジュテリアンの声に、素直に「はい」と答えるボス。


「市長と(つる)んでたのよね? なにか証拠になるものはない?」

  と、メリオーレスさんに言われ、

「共闘の証文ですかね? お互い、裏切りがないように()わしました」

  と答えるボス。


「な、なるほど。お互いの身を(しば)る証文か」

  もっともな存在だった。

「ここはアジト。大切に仕舞ってあるのじゃろうな?」

「はい。隠し部屋に」

  どこまでも素直なボス。

(命あっての物種だもんなあ)と、ぼくは思った。


「では、案内してもらおう」

  メリオーレスさんが、(はず)んだ声を出した。

「はい。この壁の向こうに」

  と、居間の壁を指す傀儡ボス。たわいなし。



        次回「ドゴラッドとゲンツェン」(後)に続く



お読み下さった方、ありがとうございます。

次回、第百二十五話「ドゴラッドとゲンツェン」後編は、明日の金曜日に投稿予定です。


お楽しみな方、お楽しみに。

小生は、ちょっと楽しみです。


読み切りショートショート集「魔人ビキラ」「のほほん」なども書いております。

よかったら、読んでみてください。

     ではまた明日、「蛮行の雨」で。

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