「エオール団のアジト」(後)
無頼集団エオールは、貧乏貴族を追い出して乗っ取ったとかで、街外れの豪邸に堂々とアジトを構えていた。
警備隊やギルドの職員が総勢四十余名、途中まで付いて来ていたが、屋敷を取り囲むべく散開した。
ぼくたちの突入で、逃げ出した無頼団を捕えるためである。
「ここまでのさばらせちゃ、駄目よね」
屋敷を見て呆れるミトラ。
アジトに入るのは蛮行の三人娘と、メリオーレス特捜官。
そしてぼくは、「人間の命令に忠実な手土産のゴーレム」である。
門番の無頼漢二人は、モヒカンコンビが言ったように、黒蜥蜴のベストを着ていた。
「街からの貢ぎ物」である事を告げるメリオーレスさん。
すると、
ニヤニヤ笑いで四人娘に近づき、お尻や胸を触ろうとする男たち。
もちろん、女性たちのハイキックや手刀を喰らい、瞬時に失神した。
男二人を素早く茂みに隠す女たち。手慣れてる?
「気づくまで、しばらく時間はあると思うが、急ごうぞ」
と、フーコツ。
「さほど大きな屋敷ではないが、手入れが行き届いておるのう」
などと、余裕を見せている。
「建物なぞ、全体に小さいけど、品があるわね」
と、宮廷僧侶崩れのジュテリアンが感心している。
屋敷、庭園、装飾彫刻などを見て、品定めをしながら、正面玄関に進む四人の娘。
玄関の、竜のデザインのドアノッカーを鳴らし、
「街から美味しい差し入れを持って参りました」
と、美しい声で伝えるメリオーレスさん。
「何だ? シェショべ堂の焼き菓子か?」
と応じて扉を開いた男は、目の前の四人の娘を見て息を呑んだ。
キツい化粧をしてはいるが、明らかに素人娘。
しかも美女揃いである。
「お、おう。入れ、入れ」
相好を崩して招き入れる無頼漢。
吹き抜けの広い玄関ホールに入ると、そこここに屯ろしていた男たちが寄って来た。
「なっ、なるほどこれは、美味そうだ」
と言う男は、明らかにジュテリアンの気品に気圧されていた。
「清楚系に、妖艶系に、精悍系かい?」
と、メリオーレス、フーコツ、ジュテリアンを睨め回して呻く小柄な男。
「ロリータ系までいるじゃねえか」
酒焼けのした赤ら顔の男が、舌を出した。
「今夜は楽しめそうだぜ」
下卑た笑みを浮かべて接近して来る男たちを、またしても瞬く間に倒してしまう四人娘。
「メリオーレスも手が早いのね」
クスッと笑うジュテリアン。
「差別する訳ではないが、このようなヤカラに触られるのが嫌でつい、手が出た」
と、メリオーレスさん。
当初、様子見で一人で乗り込むつもりだったらしいけど、その潔癖症はダメでしょ。とぼくは思った。
「ワシは、豊乳を揉まれたのでつい、深く殴った」
と、フーコツ。
「この男、あの世に旅立っていないと良いのだが」
「なんのサービスよ。触られる前に倒しなさいよ」
苦笑するミトラ。
「それにしても、根が真面目な一般市民が誘われてつい、一緒にいるって話だったけど……」
「そうじゃな。今のところ、根っからの無頼漢にしか見えぬ者ばかりじゃな」
と、フーコツ。
「もうバッチリ、無頼に染まっちゃったのかも。根が真面目だから」
と、笑うミトラ。
「一心不乱に染まっちゃったのよ」
「さて、用心棒はどこじゃ?」
左右に続く長い廊下を見渡すフーコツ。
「仕方ないわね、一人起こしましょう」
メリオーレスさんがそう言い、身近に転がる無頼漢を「これでもか!」という感じて踏んだ。
「ぐへっ!」と呻いて目を覚ます無頼漢。
「用心棒はどこだ? 素直に言えば、後で気持ちの良い事をしてやろう」
と、メリオーレスさん。
「いつも居間で酒を飲みながら博打をしておりやす」
素直に答える無頼漢。こいつが真面目な一般人崩れか?
「えっ? バクチ?! 仲間でお金を取り合ってんの?」
と、ミトラが言うと、その無頼漢は、
「仲間じゃありませんよ。下っ端は、ただの道具です。ボスと用心棒は、絶対に負けないんですよ」
と、言った。
「んじゃ、その居間っての、教えて」
抱き起こすミトラ。
「へえ。こっちです」
抱き起こされ、ヨロヨロと歩き出す無頼漢。
(大丈夫か? 騒いだり逃げ出したりしないか?)
と思うぼくの心配をよそに無言で歩く無頼漢。
なんだ? 後でしてもらえる「良いコト」を真に受けているのか?
「この部屋でさあ」
大きな扉の前で立ち止まる無頼漢。
「なるほど、中が騒がしい」
扉に耳を寄せてフーコツが言った。
「かたじけない。これはほんのお礼だ」
そう言うとフーコツは、無頼漢の両肩を掴み、腹部に膝打ちを喰らわした。
唇を接吻の形にしたまま、白目を剥いて倒れる無頼漢。
良い人だった。
扉をソーーっと開け、勝手に室内に入ってゆくぼくたち。
高い天井と巨大なシャンデリア、重厚な絨毯とカーテンが、かつての栄華を偲ばせる。
「豪奢ねえ」
と部屋を見回してつぶやくミトラ。
室内にいたのは、黒ベストを着た男たちばかりだった。
その数、十数名。
外に居た者と合わせて、これで全員かどうかまでは分からない。
「悪徳商人でも同席していたらありがたいのだが」
などと話し合ったりしたが、やはりそれほど都合良くはいかなかった。
ゾロゾロと部屋に入り、
「なんだお前たちは?!」
と問われるぼくたち。
しかし、無頼どもは大いに油断している。
ここまで勝手に入って来れるはずがないからだ。
入って来たのだが。
「あのう、ザミール様とカメラート様のお呼びで参りましたのですが……」
ジュテリアンが進み出て、声を張った。
室内に、ザミールさんとカメラートさんはいた。
グラスの赤い飲み物を飲み、骨に付いた肉を喰いちぎりながら笑っていた。
どう見ても、一廉の無頼漢だった。
そりゃ、エオール団も騙されるよ。
「あっ。ああ、遅かったじゃないか」
即座に調子を合わせるシングルモヒカン頭ザミールさん。
「なんだ、そいつらは。素人女じゃねえか?」
テーブルの一番奥の、肥満体が言った。ボスか?
「美人揃いでやしょう? ボス!」
ザミールさんが知らせて来た。よし、あいつがボス。
「街でスカウトされまして。お金をたんまり頂けるとか」
ジュテリアンがそれっぽく応じた。
「おおう? お前のような美人がこの街にいたのか?」
手に持ったワイングラスをテーブルに置き、肥満体は椅子から立ち上がった。
よし。喰いついた。
しかし、その横の席で、長髪の優男が叫んだ。
「殺せっ、その女どもを殺せっ!」と。
頭をうつむき加減にしていたフーコツが、ちっ! と舌打ちをした。
よし。じゃあ、あの優男が用心棒だ。
「バレるの早っ」
と言いながら、ミトラが紫の盾を張った。
フーコツは銀の盾を。
ジュテリアンは金の盾を。
メリオーレスさんも金の盾を。
ぼくは青の盾を張った。
「ワシを見た途端に、殺せと言うたのう、ドゴラッドよ」
フーコツは居直ったのか、顔を上げ笑った。
「ワシの逆鱗に触れるほど、罪を重ねて来たという訳かのう」
フーコツさんは、かつて見たことがないくらい、悲しそうで、かつ憤怒に満ちた目をしていた。
次回「ドゴラッドとゲンツェン」(前)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第百二十五話「ドゴラッドとゲンツェン」前編は、来週の木曜日に投稿予定です。
ではまた、「蛮行の雨」で。




