「救世主」(後)
「ええと、その、我々にも味方はおりまして」
と、おじさんの方が話し始めた。
「片方の無頼集団に、スパイが潜入しておるのです。今日、宿にミカジメ料を取りに来るのですが、その時に奴らの新しい情報が得られる手筈になっております」
ミカジメ料とは、地域の反社会的粗暴集団に払う「用心棒代」「場所代」名目の金銭のことである。
ぼくのいた日本国でも、普通に聞く話だった。
どこも一緒なんだ、悲しい事に。
「そのスパイは大丈夫であろうな? 実は二重スパイで、無頼集団のデタラメな情報を持って来る、などという心配はないのじゃな?」
フーコツが言った。
自分が、ムンヌルさんに頼んで、人間界のいい加減な情報を魔族軍に流しているので、頭を過ったのだろう。
「つい最近にスパイになった人たちなのだが……」
「その心配はないと思いますわ」
ウエイターとウエイトレスは、顔を見合わせて言った。
「実は、わたしの子供が川遊びをしていて、深みに落ちてしまったのですが……」
「うん。その時に、ウーフィスさんの子供を助けようとしてくれた人たちなんですよ。スパイになった二人は」
「うん? 助けようとした? 助けた訳ではないのか?」
と、疑問を呈するフーコツ。
「それだけの事で、信用したと言うのか?」
「ええ。助けてくれた訳ではありません。その二人は泳げなくて、溺れてしまったそうなんです」
「わたしの夫が一緒におりましたので、そのお二人は一命を取り留めたのでございます」
「ウーフィスさんの旦那さんは僧侶でしたから、旅のお二人はなんとか息を吹き返せた、という危ないところだったそうです」
「目の前で溺れる子供を見て、泳げもせぬのに反射的に川に飛び込んだというのか?」
呆れるように感心しているフーコツ。
「二人一緒に飛び込んだ、という点がキモよね、その話」
感心するように呆れているミトラ。
「衝動的正義漢の二人組? ゴルポンドさんと、コラーニュさんかしら」
と、ジュテリアン。
「あの二人は黒騎士とムニャムニャ、ラファームの護符家に向かったろう? 方向が違うぞ」
と、フーコツ。
そこにまた、ノックの音がした。
「ザミールさんと、カメラートさんが来られました」
と告げる扉の外の若い男の声。
その懐かしい名前に、背筋を伸ばして顔を見合わせる三人娘。
「おう。今、お話ししたスパイのお二人ですよ」
笑顔になるおじさん。
「お会いになれば分かります。決して二重スパイなどと大それた事を考える方たちではありません」
と、これも笑顔のおばさん。
「どうぞ、入って下さい。ザミールさん、カメラートさん」
「失礼します」
と言って入って来たのは、むくつけき二人の男。
モヒカン頭と、ダブルモヒカン頭。腰には長剣。
革鎧の上に、ペラペラの黒蜥蜴? のベストを着ていた。
入って来るなり、
「蛮行の皆さん?!」
と、声を揃えて叫ぶモヒカンコンビ。
「おひさ。バルバトの宿の食堂でも会ったわよね」
と、懐かしい顔になるミトラ。
「ユームダイムの迎賓館の前でも、会ったわ」
と、ジュテリアン。
「クカタバーウ砦で、火消しをしておるのを、見たような気がする」
曖昧な記憶の甦りを喜んでいる様子のフーコツ。
「ウーフィスさん、アウハッチさん、オイラたちが言っていた、クカタバーウ砦を奪還した勇者団とは、この人たちの事ですよ!」
ダブルモヒカンのカメラートさんが大きな声を出した。
「エヘン、エヘン!」
と、咳払いをするジュテリアン。
「あっ?!」という顔をして、
「黒騎士様と協力されて、奪還した人たちです」
と、言い直すダブルモヒカン。
「きっと助けに来て下さると、信じていましたぜ!」
涙目で喚くモヒカン頭ザミール。
「おおっ! あなたたちが、ザミールさんがおっしゃっていた救世主の皆さん?!」
と叫んだのは、モヒカンコンビと一緒に部屋に入って来た若いウエイターだった。
「待て待て待て! 救世主とは何事だ?!」
フーコツが目を吊り上げて叫んだ。
「ザミール、カメラート、お主らどんな話をしてくれたのだっ?!」
普段は、柔らかく垂れた目をしているので、フーコツのその凛凛しくなった目に、ぼくは痛く感心した。
次回「ユームダイムからの特捜官」に続く
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ゴールデンウィークも終わり、平常投稿に戻っております。
木曜日から日曜日まで、週四回の投稿です。
次回、百二十三話「ユームダイムからの特捜官」前編は、来週の木曜日に投稿予定です。




