「スコルピウスの解体」(後)
「切断は出来なかったけど、関節部が少し破損してるよ」
と、根元の球体関節部を見上げ、指さしてミトラが言った。
「大剣がもう少し上等だったら、何回かの斬撃で斬り落とせたんじゃないかなあ」
「そ、そうですか。やはり剣の問題ですか」
肩を落とす巨漢ハブーパ。
「支給品にこだわらず、業物を求める事じゃ」
と、フーコツが進言した。
「護符で強化されるのも頼もしいぞ。正直、ワシらは護符頼みで戦っておるようなものじゃ」
「皆さんの護符は何処で」と追求されたらどうすんの?!
な事を言ってしまうフーコツ。
さいわいにして、護符の追求はなかったが。
ミトラは、
「ぎゃあ!」と気合いのこもった叫声を上げ、ハブーパさんの切断し損ねた残りの第三脚を斬り落とした。
その気合いに、騒めく警備隊員たち。
スコルピウスゴーレムは、ぼくの前の世界のサソリに似ていたが、長い尾も針もなく、脚も六本だけだ。
モデルがあるとしても、似て非なる物なのだろう。
尾と、尾の先の針は、あった方が良い武器に思えたからだ。
モデル体にあったなら、間違いなく似せるところであろう。
第二脚も両方とも無事に切断すると、体重を支えていた脚がなくなったからか両方の第一脚を支点にして、スコルピウスの尻が地面に落ちた。
今度は、頭が地面から上がった。
しかし、やる事は同じだ。
スコルピウスの上に乗り、右の第一脚を、雄叫びならぬ雌叫びと共に切断するミトラ。
片方の支えを失い、右に崩れ落ちるスコルピウス。
同時に、ヒョイと跳び降りるミトラ。
(慣れてる。間違いなく、こういう作業に慣れてる)
と、ぼくは思った。
どこのどういう作業で慣れたのかは、聞かされた事はなかったが。
最後に残った前脚も斬り落とし、そのままスコルピウスゴーレムの背中に留まるミトラ。
草が舞い、地面が揺れた。
「はい、終わり」
と言う声は、明るかった。
息の切れた感じもなかった。
タフさが、増したんじゃないかな?
地面に伏せたゴーレムの背には、卍手裏剣の爆発 痕が六つあった。
ミトラはその亀裂を利用して、スコルピウスの三等分を始めた。
「わっし! わっし!」
と言いながら、斧を振り、裂け目を広げてゆく。
裂かれてゆくスコルピウスの外皮と内蔵。
火花が散り、煙が上がり、時々小さな爆発が起こった。
「爆発しておるぞ」慄くフーコツ。
「まだ燃えるモノがあったのね」感心するジュテリアン。
鎧に火花や爆発物の破片が当たるが、まったく動じないミトラ。
こんな時のための、呪いのヨロイなのだろう。
スコルピウスの胴体の、端から端まで二本の亀裂が完成した。
一旦、胴体から降りるミトラ。
期せずして警備隊から拍手が起こった。
「何も出来ないので、せめてこれくらいは」
と言ったところかも知れない。
スコルピウスを裏返して、今度は反対側の外皮も裂かなければならない。
底というか裏側までは、斧の刃が到達していなかったからだ。
「ミトラ、ご苦労様。後はワシがやろう」
と、フーコツが言って、ゴーグルを装着した。
「ありがとう」
頭を下げ、兜を脱ぐミトラ。
「少し疲れちゃった」
とは正直な感想だろう。
ミトラに代わってフーコツがスコルピウスの背中に乗った。
銀色の円盤盾をニ枚出現させ、攻撃杖を頭上にかざすと、腕を左右に振った。
「出よ、破壊する卍よ! 汝等に大いなる破砕と撃滅を命ず!」
警備隊に対する演出だ。
「うん。演出は大事。言葉が重複してるみたいだけど」
ミトラがつぶやき、ジュテリアンがうなずいている。
フーコツはさらに両手を胸の前に寄せ、左手の人差し指と中指を立てた。
その立てた左の二本の指を、右手で掴むフーコツ。
その右手には短い攻撃杖が、指の代わりに屹立していた。
忍者の印結びのポーズではあるまいか?
指には「刀」とか「鞘」とか、色々意味があったように思う。
フーコツの忍者ポーズに、警備隊から、
「シノビ!」や、
「クノイチ!」などの声が上がった。
大勇者サブローの喧伝の賜物か、それとも昔からそーーゆーー部族がこの世界にもいたのか?
そう言えば、元・転生官ランランカも忍者カブレをしていたから、昔からこの世界にいる種族なのかも知れない。
フーコツのその忍者演出を見て、
「ああっ、あたしもなんかやれば良かった!」
と悔やむミトラ。
出現した二枚の卍をピッタリと合わせて、高速回転させるフーコツ。
いつもより、やや大きな卍だった。
「あれれ? 左右で回転方向が違う?」と、ミトラ。
「そうみたいね」と、ジュテリアン。
自分の前にもう一度、一枚の円盤盾を出現させるフーコツ。
それは、防御用の物だろう。
高速回転する二枚の卍は合わさったまま、スコルピウスの頭部のある、前方の裂け目に入った。
一度右端に下がって、それからゆるゆると左に移動してゆく。
ギャリギャリと高い金属音を立て、また、火花と煙が上がり始めた。
早い話が、チェーンソーである。
「あの方が、切れるの?」と、ミトラ。
「切断部がズタズタになる気がするけど」と、ジュテリアン。
実のところ、どちらでも良い話ではあった。
問題は、空想科学漫画でお馴染みの、超小型原子炉なんぞがスコルピウスの体内にあった場合だ。
そんなモノを破壊した日にゃ、ぼくたちは死ぬしかない。
だがそれならば大昔の大魔王大戦の時に、大勇者サブロー側のメタルゴーレムがやられるたびに、核爆発が起きていたはずだ。
ならば人間も魔族もなく、世界はとっくに滅びていなければならない。
現実問題、放射能汚染の問題もふくめて、ゴーレムに収める超小型原子炉それ自体の存在が不可能だったのだろう。
ぼくの体内から推し量るに、核なんちゃらみたいなパーツも、外に漏れたら大気や大地を汚染するような有害物質も使用されていない。と思う。
ともあれこの世界が、原子力ゴーレムの闊歩する世界でなくて良かった。
ぼくは光子で動く無害なゴーレムなのである。
卍は、ゴーレムの体内を確実に右から左に動いているのが、火花の移動から分かった。
やがて鈍い音がして、スコルピウスの胴体が揺れた。
「卍が左端に出てきたわ。まずひとつ、分離できたみたいね」
つぶやくジュテリアン。
フーコツは一旦、卍を消し、額の汗を拭いながら、
「パレルレ、引き離してみて」と、言った。
ぼくは促され、頭部のある前体部を引き離すように押した。
動いた。草原の上を、ずりずりと滑らせ、分離部分を広げてゆく。
断面には燃えているパーツもあったので、ジュテリアンが紫煙の「無能なる空気」を投じて消した。
切断された前体部の長さは一メートル半くらいだ。
頭部は、臀部に比べて幅がなく、小さかった。
「持てそうか?」
とフーコツが言うので、四つ足を踏ん張って持ち上げた。
持ち上がった。
すぐに下ろしたが。
ぼくが運ぶ事になるのだ。持てないと非常にマズい。
次回「パルウーガの遺跡」に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第百二十一話「パルウーガの遺跡」前編は、木曜日に投稿予定です。
ゴールデンウィーク仕様の投稿は、本日で終了です。
しかし、すでに火曜日なので、通常投稿が目の前なのだった。




