「モミアゲ隊長ロイファード」(前)
スコルピウスゴーレムのスコーピは、大きくて重すぎるので、草原に放置した。
完全に破壊された事が分かったからか、ガントゥガ坊ちゃんは、スコーピに興味がなくなったようだった。
同じゴーレムとして、自分の身の上と重ね合わせてしまい、ちょっとドキッとする態度だった。
(いや、ぼくは死んだら悲しんでくれる人々がいるから)
と、自分に言い聞かせた。
(『御意!』)と、サブブレインが慰めてくれたが。
サブブレインが停止したら、それだって悲しい。
他の人には分かりにくいかも知れないが。
後で回収、となるだろうが、「脚を切断する」とかを手伝わなければならないかも知れない。
脚の付け根を砕くくらいの剛腕がいてくれると、助かるのだが。
ファイドおじさん、ピノルスおばさんは、テントを畳んで荷物袋に入れ、背負った。
「三人だけなのに、随分な荷物ね」
と、ぱんぱんの荷物袋を見て驚くジュテリアン。
「なに。半分以上が、坊ちゃんのガラクタだよ」
と笑うファイドおじさん。
「荷物持ちも契約の内さね」
クビになったはずのピノルスおばさんが、荷物をしっかり担いで、やはり笑っている。
街に向かって歩き出すぼくら。
お坊ちゃんは、ぼくに抱えられたままだ。
ぼくが地面を踏むたびに、坊ちゃんは「うぐうぐ」と呻き、「酔った。吐きそう」と喚いた。
外部の持ち物に対する振動減衰装置は、ぼくにはなかったからだが、それにしても軟弱な。
荷物のように持ち運んでも、蛮行の三人娘が弱音を吐いた事は一度もなかった。
たぶん、我慢してたんだ……。
と、今頃、気がつく鈍いぼくだった。
「坊ちゃんの大剣、業物だよ。取り上げとかなくて良いの?」
と、ピノルスさん。
「もし、大剣を使って逃げ出そうとしたら」
と、フーコツ。
「その時は、殺めしもうても仕方がなかろう?」
「その時は、正当防衛だもんね」
と笑うミトラ。
「大変な奴らと旅をしてるのね、ジュテリアン」
ピノルスさんは同情気味に言った。
「まあね。でも、ピノルス、ファイド。あなたたちには、『悪どい悪戯』ってのを屯所で白状してもらうわよ」
「ああ。覚悟してるよ。収監されるのは初めてじゃないしな」
「罰は覚悟の上よ。ジュテリアン相手じゃ、逃げられないしね」
「逃すくらいなら、殺す。そのための卍だもんな」
ジュテリアンの怖い部分をさらりと解くファイドさん、ピノルスさん。
「屯所だって馬鹿じゃない。誰がお前ら無頼漢の言う事を聞くもんか」
あくまで強気なガントゥガ坊ちゃん。
「富と権力の前に投獄されるのはお前らだ」
「あら。投獄されるのは分かってるんだ、坊ちゃん」
と、ジュテリアン。
「ところでお主たち、魔獣とか悪党退治とか、勇者団らしい事はしていたのでなろうな」
と、フーコツ。
「んあ。前金をたんまり貰ったんで、生活には困っていなかったんだが」
と、ファイドさん。
「身体が鈍ったら困るのでな、たまにやったぜ」
「そ、そうだ! 僕たちは勇者団活動をしていたんだぞっ!」
喚き出す坊ちゃん。
「いんや。その坊やは荷物の守りをしていただけで、何もしてないわよ」
キッパリと言うピノルスさん。
契約とは言え、自分たちだけが命を懸けて戦い続ける事に矛盾を感じていたのかも知れない。
「いつもワタシら二人とゴーレムだけで片づけていたわよ」
と、やっぱりな話をした。
「ちょっとこれ、ヤバいんじゃないか? ジュテリアン。逃げた方が良くないか? 俺たち無頼漢だぜ!」
ファイドさんは逃げ腰になっていた。
「今までの討伐証明書を見せれば、信用してもらえると思う」
と、ジュテリアン。
「でも屯所に、権力に弱くてお金が大好きな人が多かったら、負けるわね」
「えーー?! 投獄されるのは、コッチになるわけ?」
と、ミトラ。
「へっ。ざまあみろ! 権力の怖さを思い知れ! 金は全能なんだ!」
得意がるガントゥガ坊ちゃん。
「馬鹿はお前じゃ。警備隊の正義を舐めるな!」
フーコツが、らしくない青臭い話をした。
驚いてフーコツを見るミトラとジュテリアン。
「な、なんじゃ、その目は。お主たちの代わりに言っただけじゃ」
照れながら(たぶん)、フーコツは喚いた。
それからも蛮行の三人娘は強気な発言を続けたが、やはり屯所に出向くのは、気が重い様子だった。
権力とお金の威力を見てきたからであろう。
白いモノも黒だと言わせる。
それが、お金であり、権力者なのだから。
屯所には、数人の隊員がおり、和やかに談笑していた。
ぼくたちが緊張しているのが分かったのだろう、モミアゲの長い隊員が、
「いらっしゃい。何事かね?」
と、たずねてきた。
まず宿屋での出来事を話すと、すでに宿屋から被害届けが出されていた。
「スコルピウスゴーレムの被害は、あちこちの街から出ていて、共有しているよ」
屯所の隊長だと言う中肉中背のモミアゲ男、ロイファードさんが言った。
坊ちゃんが身分を言うと、有名な富豪らしく、屯所の中が騒めき、
「確認、急げ!」
と、ロイファード隊長は指示を出した。
奥の部屋に走ってゆく一人の隊員。
その後は、ぼくたちやファイドさんたちの身分を確認した。
隊長さんはなんとなく、クカタバーウ砦の隊長だったロウロイドさんを思わせる雰囲気を漂わせていた。
「さいわい、死者は出ていないがタチの悪い話だからな。小僧、覚悟しておけ。長い投獄になるぞ」
「な、何を言っているんだ、屯所兵ごときが! 実家の名を知らないわけじゃないだろう?! さっき、オタついただろうがっ!」
ぼくに抱えられたまま、足をバタつかせる坊ちゃん。
「オタついていた訳じゃない。お前は指名手配されてるんだよ。そっちから現れてくれたんで、驚いただけだ」
「隊長、確認が取れました」
と言って、奥の部屋から出て来る隊員。
先頭の隊員が、紙を持っていた。
その紙を受け取って、
「ふん。間違いないようだな」
と、つぶやくロイファード隊長。
横から覗いたら、人相描きだった。
特徴なども書き込まれていたが、絵であった。
「お前の父は、もういないぜ」
と、手に持った紙をヒラヒラさせる隊長さん。
「人身売買で大儲けをしていた貿易商。正体が暴露て、青き魔狼に退治されたぜ」
「何人もの使用人が見ていたそうだ」
と、付け足す他の隊員。
「お前はうまく逃げたようだが、捕まったようだな、『蛮行の雨』に」
確かに、勇者団の身分証は先に見せていた。
「青き魔狼?」
と、つぶやくジュテリアン。
「聞いたような気もするけど……」
「隣国を騒がせていた、義賊ならぬ義狼だよ」
と、ロイファード隊長。
「最近、我が国にやってきて、暗躍し始めた」
「なんなのそれ? 正義の獣?」
とは、ミトラ。
「犯罪の証拠とか置いていくんだけどな、肝心の犯人は殺してしまうんだよ」
(昭和の時代劇か?!)
と、心の内に叫ぶぼく。
「証拠を置いていく? 獣が?」
と、ジュテリアン。
「まあ。魔狼を操っている奴がいるんだろうな」
と、顎をしごくロイファード隊長。
「裁判になると、富と権力で減刑されちゃったりするもんね」
と、ミトラ。
「そうかもな。そんで、証拠がないのに魔狼が人を殺す事もあるんだよ。そうすっと、殺された人は『極悪人』のレッテルを貼られる」
「うげ。極悪人が本当だといいわね」
と、ミトラ。
「警備隊は無能あつかいされるし、困った魔狼様だよ」
「殺されるのは、評判の悪い権力者ばかりだ。魔狼が正しいだろう」
ファイドさんが口を挟んだ。魔狼、知ってるんだ。
「だと良いんだかなあ」
のんびりとした口調で言うロイファードさん。
「でまあ、従者のあんたらも、それ相応の罰を受けてもらうぜ」
「覚悟してるよ」
神妙に、ファイドさんが応じた。
「『蛮行の雨』の知り合いだって言ってたな。投獄は免れまいが、なるべく軽くしてもらえるよう、動いてみよう」
「なんだよ、なんの贔屓だよ!」
口を尖らせる坊ちゃん。
「この人たちは、クカタバーウ砦の本当の……むにゃむにゃの奪還に、黒騎士様の次に尽力されたんだ」
と、ぼくたちを指すモミアゲ隊長。
「ユームダイムを襲った魔族どもも倒している。あっと、黒騎士様と共闘してな。お前とは実績も信用も比べものにならんのだ」
裏での、警備隊の情報交換もあるようだったが、ぼくたちは討伐証明書を見せていた。
「げっ。ジュテリアン、ユームダイムの魔族討伐にも関わっていたのか?!」
と、驚くファイドさん。
短く、
「成り行きでね」と答えるジュテリアン。
「その崇高な人たちの旧友なのだ、お前の二人の従者はな。どうだ? ずっと見張られていた事に気がついたかね?」
そう言って腕を組むロイファード隊長。
「そ、そうだったのか、くそっ!」
と、喚き出す坊ちゃん。
(ええええーーー?!)
と言う顔になる蛮行の三人娘と、ファイドさん、ピノルスさんだった。
次回「モミアゲ隊長ロイファード」(後)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第百十七話「モミアゲ隊長ロイファード」後編は、明日の火曜日(昭和の日)に投稿予定です。
その後は、また木曜日から始まって、次週の火曜日まで連続で投稿する予定です。
在庫、頑張らんと。新しい話は思いつかず、年内に第一部が終了しそうです。
それなりに、キチンと終わらせますぞ。たぶん。




