「ガントゥガ坊ちゃん」(前)
「じょ、冗談だよ、アレは。『建物を壊せ』なんて、命令してないよ」
若者ガントゥガが苦笑してみせた。
若い割りに、したたかな笑顔だった。
「全長四ペート(四メートル)の巨体に、『食べ物を盗んで来い』って命令したら、そうなっちゃうだろうが!」
スコルピウスの上に立って気が大きくなっているのか、腰に手を当てたミトラが若者を見下ろして叫んだ。
「一緒に、警備隊屯所に行ってもらうわよ。余罪もありそうだしね、小僧!」
「くそっ。ファイド、ピノルス! やっちまえ。ボーナスははずむぞ!」
後退しながら、ガントゥガ坊ちゃんが喚いた。
「勝てねえ喧嘩は、やらない主義だ」
と、肩をすくめるファイドおじさん。
「世間知らずの坊ちゃんの悪ふざけも、ここまでね」
と、ピノルスおばさん。
いやに潔が良い。
たぶん、ジュテリアンの卍を知っているからだろう。
「畜生、僕を裏切るのかっ。ええい、振り落とせ、スコーピ!」
ガントゥガ坊ちゃんの命令に従い、大きく身体を揺するスコルピウス。
問題なく、横に跳んで着地するぼく。
ミトラは前方に跳び降りる時に、棍棒に斧刃を出してスコルピウスの頭部を裂いた。
裂け目から炎と黒煙を上げる、大バサミのないサソリ型ゴーレム。
その場で回転を始めた。
「うわっ、まだ動いてる!」
慌てて離れるミトラ。
「魔族でも魔獣でも、頭を砕いたら死ぬのに」
「狂った! 離れろっ!」
ピノルスおばさんの手を引いて逃げるファイドおじさん。
「くそう、スコーピ! しっかりしろ、スコーピ!」
回転ダンスを始めたスコルピウスに近づこうとするガントゥガ坊ちゃん。
ぼくは仕方なくダッシュして、若者ガントゥガを掴むと脇に抱えてその場を離れた。
「チビゴーレム、何をしやがる!」
ぼくに抱えられたまま叫ぶ坊ちゃん。
「うるさい! 危ないのが見て分からないのかっ?!」
ぼくは走って逃げながら、怒った声を出した。
その声に驚いたのか、黙り込む坊ちゃん。
おそらく今まで坊ちゃんは、取り巻きに怒鳴られるような事がなかったのだろう。
やはり年相応に、人生経験は足りないようだ。
スコルピウスは回転を止め、黒煙と火花を吹きながら、ぼくを追ってきた。
「ああ。主人を守ろうとするゴーレムあるあるじゃな」
と、フーコツがつぶやいていた。
「パレルレが危ない。一気にカタをつけるぞ、皆んな。卍じゃ」
「一回、休む」と、ジュテリアン。
円盤盾を三枚ずつ発現させるミトラとフーコツ。
ジュテリアンは、余裕のお休みだ。
「卍!」
詠唱で、それぞれの盾が、巨大な卍手裏剣に変化した。
「うわっ、卍だ! もっと離れるぞ!」
ファイドおじさんが背後に金色の盾を発現させ、叫んだ。
ピノルスおばさんも手を引かれながら、背後に黄金の盾を出した。
「さ、三人も卍射ちがいるなんて、無茶苦茶だわ」
とか、呻いていた。
ジュテリアンと同じ勇者団にいたのだ、卍の怖さと爆発を見て来たのだろう。
「パレルレ、本気で逃げるのじゃ、スコルピウスを爆破で倒す!」
フーコツのその声を聞いて、ぼくは黒マントを後ろ前にすると、足の裏の四つのブースターと背中のブースターを噴かせて、空中高く、そして遠くに飛んだ。
「わあ! 何がどうなってんだ?!」
ぼくの黒マントで顔を覆われた形になり、喚く坊ちゃん。
後頭部の目で確認すると、ぼくを追って来るスコルピウスは、思ったより足が遅かった。
頭部を破壊された影響だろう。
人間と同じく頭が弱点とは、設計間違いと言えた。
ぼくの頭部はと言えば、ほぼ飾りで、四つの電子眼の他は人工太陽と日時計しか入っていないのだ。
電子頭脳は死んでいたが、丈夫で大きな胴体の中にあった。
たぶん、人型とサソリ型では、設計者が違うのだろう。
ミトラ、フーコツたちの射ち出した六つの卍手裏剣は、スコルピウスの動きが単調でもあったので偏差射撃は的中し、ゴーレムの背中に相次いで深く刺さった。
そして盛大に爆発する卍手裏剣。
降下中だったぼくは背中に爆風を受け体勢を崩し、坊ちゃんを「んあああああ!」とか叫ばせながら、縦に一回転してなんとか着地した。
着地と同時に脚を曲げ、ショックを和らげたつもりだったが、坊ちゃんは「げふっ」と大きく呻いた。
スコルピウスは動きを止め、幾筋もの黒煙を上げている。
壊れた頭を草原に突っ込み、尻を上げた形で、巨体を斜めに傾けていた。
スコルピウスの身体からも、草原のあちこちからも炎が出ていたので、ジュテリアンとフーコツが、「無能なる空気」を詠唱し、撒き散らして消していた。
「あの魔法使いのニュルはなんだ?」
「白い泡なんて、不気味ね」
と、おじさん、おばさんが話していたが、ぼくはジュテリアンの紫の煙の方を奇怪に思っていたのだった。
見慣れたモノの違いだろう。
前の世界では、消化泡と言えば、白だったからなあ。
やがて炎は鎮火し、草原に崩れ落ちた姿勢のスコルピウスに集まる「蛮行の雨」。
ファイドとピノルスのコンビも、逃げずにやって来た。
ぼくたちから逃げ切れるとは、思えなかったからだろう。
正体不明の魔剣、魔杖と戦わずに済んで助かった。
「それじゃこのまま、街に帰るからね」
と、ミトラが宣言した。
「やれやれ、昔の仲間に捕まって、年貢の納め時とはな」
溜め息を吐くファイドおじさん。
「ふん。すぐに父上が釈放してくれるさ」
果たして、ガントゥガ坊ちゃんは「やっぱりな」な事をほざいたのだった。
次回「ガントゥガ坊ちゃん」(後)に続く
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次回、第百十六話「ガントゥガ坊ちゃん」後編は、明日の日曜日に投稿予定です。
読み切りショートショート集「のほほん」「魔人ビキラ」なども投稿しております。
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