「ハイド・ヌイ・サウラー」(前)
肌掛け布団を身体に掛けると、ジュテリアンは潤んだ瞳で、ぼくの太い指を握り、
「ありがとう、パレルレ」と言った。
その瞳を見て、ぼくは、
「お休みなさい」
と言うのが精一杯だった。
男の身体でない自分を、この世界に来て、今日ほど恨んだ事はない。
うつ伏せに大股を開くミトラをひっくり返し、姿勢を正し裾を直し、ウールケットをソッと掛けた。
ジュテリアンは寝相が良い。
真っ直ぐだ。身体を一直線にして寝ている。
時折り、
「うーー」
とか呻いているのは、寝返りを滅多に打たないから、身体が早速、疲労を溜めているのではあるまいか?
ミトラはその反対で、
「起きているのか?」と思うくらい、ベッドの上を転げ回る。
いくらウールケットを掛け直しても無駄だった。
しかし浴衣からはみ出す太股とかは目の毒なので、ぼくはやはり何度もケットを掛け直すのだった。
街の上空のせいか、ナーファ古戦場で見た時ほどクッキリとはしていないが、窓の外では、夜半の虚空に棒渦巻き銀河が、驚くほどの大きさで浮かんでいる。
この世界では当たり前の銀河なんだろうけど、元の世界で、肉眼でも見えると言うアンドロメダ銀河を、一度も見た記憶がないぼくにしたら、大きな感動だった。
そして空を横切る白く淡い雲のような帯は、この星が存在する銀河の中心方向なのだろう。
そう言えば、太陽系を含む天の川銀河は、やがてアンドロメダ銀河と衝突するという話だった。
この世界も、あの夜空に浮かぶ銀河と衝突する運命は避けられまい。
あれだけ大きく見えるんだから。
ただしそれは、何十億年も未来の事だろう。
いや、銀河を取り巻くガスの話をすれば、もう衝突しているんだ。
ぼくの居た天の川銀河と二百五十万光年離れたアンドロメダ銀河は、銀河周辺物質(cgmガス)で接触しているそうだから。
そうやって銀河団は寄り添い、形成されているんだ。たぶん。
そんなヨタ話はともかく、こうして、ふたつの女体の寝相を見比べながら、ぼくの、身体を得た長い長い一日はようやく終わろうとしていた。
そしてミトラの言った通り、ゴーレムになったぼくは、眠くならなかったのだった。
翌朝、ぼくと、ご機嫌で起きた女性二人は、護衛としてスブック商隊に加わり、出立した。
クカタバーウ砦を経由して行くというスブック商隊は、体格の良い一角白馬二頭立てが四台。
幅のある幌馬車の構成であった。
ぼくは重いので馬車には乗らず、商隊の殿を走る事になった。
向こうにしたら予定にない護衛であったし、遠慮しようと言う話になったのだ。
だが、
「シンガリって、責任重大じゃないか?」
と不安がるぼく。
「大丈夫、大丈夫!」
と、ミトラとジュテリアンは言うが、図体ばかりの素人場違い工芸品である。
不安は身体よりも遥かに大きいと言って良かった。
ともあれ、最後尾の馬車の尻に付き、ずっと走って行ったが、付いて走っているだけで感心された。
確かに、スタミナ的に人間には真似出来ない行動だろう。
ミトラとジュテリアンは、スブック親方と同じ先頭の馬車に乗っている。
昨日の、「膝の治療」が効いたのだろう。
ちなみに、ケバい美女たちも一緒だ。
街を抜け、村を抜け、田園を抜け、木の少ない荒れ地に入った。
大岩がごろごろしているが、赤い下草とキノコらしきものが沢山生えている。
ミトラは今頃、キノコを取りたがっている事だろう。
しばらく進むと、先頭の馬車が赤旗と黒旗を振った。
赤旗は「止まれ」。
黒旗は「パレルレ来い」だ。
ぼくは驚いて、燃やさないためにマントを後ろ前にすると、ブースターを噴かしてロケットダッシュした。
「どうした?!」
緊張感から声を荒らげるぼく。
幌馬車の後部から顔を出しているミトラが、
「荒地大蜥蜴が居るので、倒してくれって。スブックさんが」
(なんだ、トカゲか)
ぼくはウッカリ、甘く見た。
言うならば、大甘であった。
次回「ハイド・ヌイ・サウラー」(後)に続く
読んで下さった方々、ありがとうございます。
次回、第十二話「ハイド・ヌイ・サウラー」後編は、今日の午後に投稿します。
「続・のほほん」も投稿予定です。
ほなまた、お昼ご飯を食べたら頑張りましょう。




