「村長の屋敷」(後)
「あいつに付いて行ったら、終わりなのよ。
『これから生涯を懸けて我れを守れ』なんていう馬鹿な能書キに、
『はい!』と言わされるのよ」
と、訴えるランランカだった。
見れば、先ほどの女性が入り口の奥に、仰向けに倒れていた。
しかも、燃えている。
中に入らず、「無能なる空気」を射って消火するフーコツ。
その後、細い水柱を放って、女を覆った白い泡を洗い流した。
白泡が口に留まっていると窒息してしまうからだ。
「これで、生きておれば呼吸が出来るようになったと思わぬでもないところだ」
「なんであんなの助けるのよ」
怒るランランカ。
「冒険者を捕らえ、実質的に殺してきた奴なのよ!」
お怒りはもっともな気がしたが、情報を聞き出そうという魂胆ではあるまいか?
しかるのち、殺める。フーコツなんだから。
「今の者が冒険者の一人である可能性もないではないな。あまりにも脆かったからな」
と、つぶやくフーコツ。
「えっ? やっぱ、冒険者の可能性? さっきの雷、見なかった事にしてもいい?」
と、ミトラ。
しかし、屋敷内に足を踏み込んだものかどうか、と迷っている様子のフーコツ。
例えて言えば、魔獣の口に入ってゆくのと変わらないからだ。
「まだ、二人おるのだったのう」
顎を撫でるフーコツ。
「あ。三つのシモベ? あれは吾輩の妄想だから」
と、ランランカ。
「実際に見たのは、さっきの一人だけよ」
「そんな気はしてた」
とミトラ。
どうすんの、コレ? な三人娘。
ぼくの身体は無機物だが、「心」を内蔵している。
屋敷に足を踏み入れて、支配される可能性は高かった。
しかも、自慢じゃないが、全く鍛練が、研鑽が、討究が足りてない心なのだ。
皆んなが考えあぐねていると、ミトラが、
「あっ、屋敷が消えてゆく。危ない! もっと離れよう」
と、叫んだ。
「慌てて後退する「蛮行の雨」と「機動忍者部隊」。
動揺して熱感知眼視覚を作動させ、慌ててガンマ線視覚に切り替えるぼく。
サブブレインに苦笑されたのは内緒だ。
蒸発のようではない。燃え去るようでもない。
空間に溶け込むように屋根から消えてゆく大きな村長屋敷。
「パレルレ。これ、建物が見えなくなってるだけ?」
と、ミトラが言った。
「質量が完全に消えてゆく。どういう仕組みか分かんないけど」
と、ぼく。
「幻覚のたぐいではないのだな?」
と、フーコツ。
最初から何も無かったわけでもない。
有る物が、跡形もなく消滅しているのだ。
やがて土台の跡を地面に残し、綺麗な平地になってしまった。
奥の方に、そこそこ大きな神岩に刺さった水色の杖が見える。
近くに小袋が積み重なっている。
そして扉があった少し先に、まだ存在している仰向けに伏した赤髪の女性。
「建物がなくなったから、傀儡の罠も消えた? これは大丈夫なヤツ?」
と、ミトラ。
「落とし穴が、フタをして見えなくなったから大丈夫、みたいな発言はやめよ」
と、フーコツ。
しかし、「せ〜〜の!」で、皆んなで屋敷跡の敷地に足を踏み入れた。
あれだ。跳び箱の失敗、皆んなでやれば怖くない系。
「これ、しっかりせい。手加減したであろうが」
と、ずぶ濡れの女性をブーツの先で突くフーコツ。
「白き女。貴様を疫病神と見抜けなかった吾れの不覚だ」
身動ぎせず、赤い髪の女が言った。ランランカの事だ。
美しいが、か細い声だった。
「その、ダイムの女は無事なのか?」
わずかに視線を動かして、ぼくの背負うジュテリアンを見たようだった。
「ダイムの女? ジュテリアンの事か?」
と、フーコツが応じた。ユームダイムのダイムか?
「心配ない。魔法の使い過ぎで、意識が飛んだだけだ」
「そうか。なら、良い。吾れを扱う者も気をつける事だ」
「ひょっとして、ジュテリアンの知り合い?」
と、訝るミトラ。
「眷属は、見れば分かる」
と、赤髪の女。
「あっ! 杖の事ね? ってことはジュテリアンの杖、『伝説の杖』なのねっ?!」
頓狂な声を上げるランランカ。
「騙されたっ。研鑽の違いで浄化力に差があった訳じゃなかったのねっ?!」
そう言えば、そんな事を言い合ってましたっけ?
「ダイムは樹に囚われていたのに。最近、感触がないと思ったら、解放されておったとは……」
「落雷が解放したそうじゃ」
ひざますいて、地面の女性に顔を近づけるフーコツ。
「ほう。奇遇だな。吾れもトニトルスで解放されそうだ。それにしても見事な擬態だな、攻撃杖よ」
「それね、内緒なのよ」
と、自分の唇に指を当てるフーコツ。
「これは申し訳なかった」
と、目を閉じる赤髪の女。
「えっと、フーコツがどうとか、サラッと凄いこと聞いたんだけど」
と、ミトラ。
ぼくも驚き、絶句していた。
「吾れの魂が抜けるので、道具として扱いやすかろう」
目を閉じたまま呟く赤髪女。
「好きにするが良い。早いもの勝ちだ」
ぼくとミトラの戸惑いを他所に、話は進んで行く。
「万能なつもりで、今日の事も分かっていなかった……」
赤い髪の女体がつぶやき、消え始めた。
そして屋敷跡の奥では、神岩に刺さっていた水色の長杖が、岩から勝手に抜けて落ちた。
次回「子曰く」(前)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第百十話「子曰く」前編は、明日の土曜日に投稿予定です。
楽しみな方、お楽しみに。
ワタクシは、楽しみです。




