「ラナハさんの買い物」(後)
「大層、イロを付けてくれましたよ、あのオヤジさんは」
ラナハさんが、ホクホク顔で言った。
「あの髭オヤジ、商売が下手すぎない?」
不思議そうに顔をしかめるミトラ。
その売り上げの大金は、ぼくはすでに収納庫に入れていた。
「欲しかったヒポポの剣歯が唐突に目の前に現れて、ウロが来ておったのかも知れんなあ」
フーコツが納得顔でつぶやいた。
「話を聞いて想像していた物より遥かに立派だったので、慌てたんでしょう」
と、笑うジュテリアン。
「おお。これだけ払っても、まだ儲けがあるって事だよな」
忌忌しそうに言って、金貨銀貨で膨らんだ布袋を懐に捻じ込むラナハさん。
「売って儲けるというより、店の装飾にするつもりなのかも知れん。『千人殺し』が確かめられれば、良い宣伝になろう?」
フーコツがそう言った。
「『欲しい』と言う者には、『これはウチの看板ですので』って、売り値を釣り上げられるものね」
と、ジュテリアン。
「ふーーん。どこまで行っても短剣にしかならないのに」
と、ミトラ。
「加工次第で大儲けが出来そうだ。とは言え、そこは博打よなあ」
と、フーコツ。
「王族が欲しがったりすれば、武器屋も安い買い物になるんでしょうけど……」
と、ジュテリアン。
「王族のお買い上げになったら、実戦で使われなくなるって事じゃん。それはアカんわ!」
お国訛りを出してミトラが叫んだ。
ミトラの言葉で、ここは、
「武器は使われてナンボ」の世界なんだと、ぼくは思った。
そして、『驚くべき逸品』が、王族や貴族の大金に頬を引っ叩かれ、収集品として、現場で使われもせずに飾られていたりするんだ。とも思った。
「一角馬と馬車を買い、乗って帰る」
と、ラナハさんが言うので、購入に付き合った。
明らかに貧乏臭いラナハさんが大金を持っていて、やはり訝られたが、大金の出処を説明して、武器屋で渡された『買い取り証明書』を見せると、
「そうですか! ついに『千人殺し』が退治されましたかっ?!」
と言って、若い店員は破顔した。
「街道が随分と安全になりますよ! ありがたい!」
「い、いやいや、『千人殺し』の異名を持つヒポポサウラーかも知れない、と言う推測の話ですから」
慌てて訂正するラナハさん。
「いやいや、あの武器屋マウンガがそれだけの大金を支払うのですから、本物でしょう!」
それから店員は、
「ちょっと待って下さい」
と言って店の奥に引っ込んだ。
「え? なんなの? 話がややこしくなってる?」
「いや、店主を呼びに行っただけじゃろう。心配はいらぬ、ミトラよ」
少しすると、横幅のある紳士を連れて、若い店員は戻って来た。
果たして、横幅紳士は店のマスターだと言う。
「『千人殺し』のヒポポサウラーを退治されたとか」
揉み手をする恰幅と身なりの良いマスター。
「彼奴には、ウチの馬車が幾度となく痛い目にあっておりましてな。持ち主が、作りが甘いとか手抜き馬車だとか文句を言って来たりして」
と、愚痴を言い始めるマスター。
「い、いや失礼。つい興奮しまして、そのう、この者に見せたと言うマウンガの買い取り証明書を……」
と言うので、また収納庫から出して見せると、
「な、なんと刀身一ペート((メートル)三十ポレ(センチ)は確実とな?」
と叫んで若い店員と顔を見合わせるマスター。
「『当店取り扱い最大のヒポポサウラー剣歯』?! す、凄い。お墨付きですな。何より彼奴を退治して頂けた事が素晴らしい!」
「はい、退治はこの方々が」
と両手で隣のフーコツを示すラナハさん。
「知り合いですので」
すかさずラナハさんの肩を抱くフーコツ。
「ご所望は、馬車ですかな?」
「はい。馬と幌馬車を」
「丈夫な幌馬車、丈夫でたくましい一角馬を紹介しますぞ! そしてこの」
急に声をひそめ、
「お使いの折りには、馬車屋モズリックの馬車と馬である事を、是非とも吹聴して頂きたい」
とマスターは言った。
マスター見立ての、幌馬車を引く一角黒馬を操って、多いに気に入った様子のラナハさん。
「この黒馬と馬車を頂きます」
とて、購入の前金を渡し、
「品物を仕入れての出立は明日の朝になりますが」
と言うラナハさんに、
「どうぞごゆっくり。その間に、このベルグ号の手入れをしっかりやっておきますよ」
明るく返事して、黒馬の鼻を撫でるマスター。
店を離れてゆくぼくらを見送りながら、マスターと若い店員が、
「『千人殺し』が本当なら、店の良い宣伝になるぞ、グーマン」
「はい、マスター」
「『千人殺し』の賞金で買われたのが、我がモズリックの馬車と馬なのだからな!」
「はい、大宣伝になります、マスター!」
「マウンガに確認に行ってこい」
「合点だ」
などと話し合っているのを、ぼくは盗み聞きした。
盗聴とは趣味が悪いが、聴覚強化機能様々である。
そして一応、蛮行の三人娘にも知らせた。
「うむ。確認すれば、明日のラナハさんに対する態度が、さらに良くなろうな」
「馬も馬車もいずれ買い替えになるものね、その時まで印象を良くしておかないと」
「うんうん。めでたいめでたい」
三者三様に、納得したようだった。
次回「女神のめぐみ」(前)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第百二話「女神のめぐみ」前編は、明日の土曜日に投稿予定です。
最近は、とんと投稿をしておりませんが、回文オチの読み切りショート・ショート「新・ビキラ外伝」「続・のほほん」は、まだ完結しておりません。
また、アイデアが浮かんだら、書こうと思っています。
一話完結の短い話ですので、よかったら読んでみて下さい。




