「大大大大福虫」(前)
ミード爺さんの息子さん、ラナハさんを説得するのは少し時間が掛かった。
「メロコトンのお礼」
と、
「ヒポポサウラー退治を労ってくれた、ただ一人の人だったから」
が、
剣歯をプレゼントした理由だったのだが、それだけではラナハさんを納得させられなかったのだ。
(話がうま過ぎる、なにかの詐欺かも知れない)
とか、考えたのだろう。
「ううむ。実はだな」
と語り出すフーコツ。
「あなたの父、ミード爺さんは、ワシの亡き父にそっくりだったのだ」
と、思いつき丸出しな事を言い始める垂れ目で豊乳な魔法使い。
「お父上を見た途端、身体にビリビリするものが走った」
ヒポポを包んだ布を抱いたまま、両手を合わせるフーコツ。
「これは女神様の思し召しに違いない! とワシは直感した」
「不治の病で無念の最後を迎えた父。
乳飲子を抱えて泣き崩れる母親。
そんな父の子として恥ずかしくない人生を送ろうと誓う乳飲子ことワシ。
いや、ワタクシ。
そして、人のため世のため、悪漢や魔獣退治に明け暮れ、疲弊していたワタクシの心の前に現れた父そっくりの老人!
嗚呼。ワタクシはこの人の役に立つために今日まで旅をして来たのだっ!」
と言うフーコツの世迷言に涙するミトラ。
その姿を見て呆れ顔のジュテリアン。
「そ、そうだったんですかっ!」
と、滝のような涙を流しながらフーコツに向かって叫ぶ壮年の息子、ラナハ。
抱きつきたい所であったろうが、いかんせん胸に抱いたヒポポの剣歯が邪魔だったのだ。
「お嬢ちゃん、苦労をしたんだねえ」
と、具体的な苦労話がひとつもない身の上に涙し、女神に合わせているフーコツのその手を握るミード爺さん。
ラナハさんの嫁も子供も、もらい泣きをしていた。
ついにジュテリアンが、今まで我慢をしていた反動だろう、ドッ! と泣き崩れた。
ただ、フーコツだけが余りの効果に驚き、罪悪感に浸り溺れ、苦悶の表情を見せていた。
「疑って申し訳ありませんでした、旅の方々。父の危ない所を助けて頂いたのに」
と、自分で話を盛りながら頭を下げる壮年の息子さん。嫁さんと子供。
「分かりました。ヒポポの剣歯は有り難く頂きます。そして必ずや、街の役に立ててみせますよっ!」
と、大志を抱く息子さん。
(これ以上ゴネずに受け取ってくれそうだから、まあ良いか)
と言う顔のフーコツ。
グズグズ泣いているミトラに、自分の涙を拭いたハンカチを渡すジュテリアン。
なんとが丸く? 収まってなによりだ。
「良かったわね、あなた。店の借金が返せるわ」
思わず内情を口にして喜ぶ嫁さん。
「借金、借金!」と、無邪気にはしゃぐ子供。
「天の助け、地の女神。全くお礼の言葉もありません」
苦しい台所 (たぶん)なのに、それでも貰う謂れのないヒポポの剣歯を拒否しようとした息子さん。
貧乏請負人か、それとも借金に懲りた疑心暗鬼人か?
が、まあ、ぼくたちの土産物が店を立て直す切っ掛けとなれば、なによりである。
騙されやすい性格が直らない限り、立て直しはムズカシイようにも思えたが。
「うむ。頑張ろうぞ、ラナハよ! ワシはもう安易な儲け話には乗らん!」
ミード爺さんが、息子の持つヒポポの剣歯を叩いて言った。
(いや、ぼくたちのヒポポ話に乗ってるから!)
と、さっそく心配になるぼく。
「残り福虫、いや、大大大大福虫って奴だぜ、親父!」
ラナハさんは、ヒポポの剣歯を抱きしめて言った。
「借金を返した残りで、一角馬付きの馬車が買えるぞ、親父。商店街の共有にして、皆んなで仕入れに使おう!」
なんだか、貧乏になったのが分かるような大志を語るラナハさんだった。
「しかし何処に剣歯を売るかなあ。ウチの街の加工屋は小さいからなあ」
と、ミード爺さん。
「せめてピクアナイトまで行かないと、捌けないだろうなあ」
そして腰の長剣を撫でるラナハさん。
「この剣はピクアナイトの武器屋で買ったんだ。あそこは加工屋も兼ねてる。きっと高く売れると思う。なにせこれだけの剣歯だ」
「あたしたちも、ヒポポの剣歯を売りたいの。一緒に、そのピクアナイトに行っても良い?」
ミトラは白い歯を見せて迫った。
それにしても少し気になるのは、フーコツの身の上話である。
大変な老け顔のお父さんが、早世?
おかあさんは女手ひとつでフーコツを頑張って育てた?
なんでおかあさんを残して旅に出たの?
おかあさんも亡くなっちゃた?
再婚してフーコツが邪魔になって追い出したという、イジメ物語でよくある展開?
フーコツ、復讐して、ざまあ物語を達成するために旅してる?
こういうのも、追放系になるの?
まあ、フーコツの事だから、剣歯を受け取ってもらうために言ったデマカセ話だと思うのだが……。
多少は真実が混じっているとしたら?
いやいや、全てフーコツの作り話だ。
後腐れのないように、ぼくはそう思う事にした。
次回「大大大大福虫」(後)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第百話「大大大大福虫」後編は、明日の日曜日に投稿します。
百というキリ回らしい大どんでん返し! はありません。
ではまた、明日。




