「蛮行の雨VSオババ様」(後)
ぼくが扉を開く前に、ミトラたち三人は姿勢を正して、それぞれのベッドの縁に腰を掛けた。
扉を開くと、
「夜半に申し訳ありません」
と言いながら、紺色の革鎧を着た警備隊員が三人、入って来た。
装備は長剣が二人、長杖が一人だった。
鎧の胸に「トゥープ」の文字がある。
「警備隊班長、ソルダと申します」
「同じく副班長、ミーレス」
「平隊員、サルダート」
そしてさらにその後から、小柄なお婆さんがひとり、入室した。
派手な幾何学模様の衣服を着ていた。
顔にも白線で模様が描いてあった。
手首には、綺麗な石をつないだ腕輪を幾つもしていた。
パワーストーンか?
そちらのお婆さんは、名乗らなかった。
「こちらの勇者団が、奇岩山ヴレームトを越えて来られたと聞いたものですから」
三人の中で一番体格の良い、ソルダと名乗った隊員が言った。
宿からの通報だろう。
ジュテリアンの疲労した姿を見た宿の人に、
「大丈夫ですか、お客様」と、問われ、
「はい。近道と思い、奇岩の林立する山を越えてしまったものですから、少し疲れております」
と、答えていたからだ。
「はい。地図を見たら、近道のようでしたので、越えました」
さらりとジュテリアン。
「ヘトヘトんなったので、こんな事なら街道を歩けば良かったと思いました」
と、ミトラ。
「それでそのう、奇岩山を越える時に、何かその、変な事はなかったですか?」
ソルダ班長が、言いづらそうに喋った。
ジュテリアンとミトラが顔を見合わせたタイミングで、
「特になにも」
フーコツがそう言ったが、すぐに、
「いや。昼間だと言うのに、空に突然、星が現れたっけ」
と言い直した。
「ああ、北の空の星。わたしも見ました」
と、ソルダ班長。うなずく他の隊員。
「突然、発行石の光が増したり、大変な一日でした。何かのパワーが降り注いだのかも」
「で、皆さん、何事もなかったんなら良いのですが、そのう、いつの頃からか、奇岩山には化け物が棲み付いたと噂されておりまして」
とは、副班長ミーレスさん。
(フェアブさん、化け物にされちゃってる?!)
と言う顔の三人娘。
「人間に悪さでもするのですか?」
トボけるフーコツ。
「い、いえ、特に何も。滅びた教団の亡霊が、慎ましく生きているとの噂でして」
慌てた様子で補足するミーレス副班長。
「亡霊が生きている?!」
矛盾した表現に突っ込む三人娘。
「それで、警備隊の見解はどうなんですか?」
少し踏み込むジュテリアン。
問われた警備隊は口々に、
「人畜無害であれば、我々も取り立てる事はありません」
「残念ながら、『立ち入り禁止』の立て看板通り、我々には不可触領域なのです」
「無頼漢どもの溜まり場になっておらねば、それで良いのです」
などと応じた。
「無頼漢など、亡霊が追い払ってくれるでしょう」
と笑うジュテリアン。
「そ、そうなのです。実にそのような事象が、過去にあったようでして」
少し目を泳がせて言うサルダート隊員。
「ワシらは地元の噂を知らず、近道と思い、越えてしもうた」
と、フーコツ。
「それだけの事じゃが、何か?」
そのフーコツの不敵な言葉に、それまで黙っていたお婆さんが、
「亡霊が人間に化けて下山した。それがお主らだ、と言う話に落ち着いたのじゃ」
と、自信満々に言った。
「なんとなれば、突如として真昼の天空に星が出現した! 発行石が強く輝き、タイミングを同じゅうして、
『山を越えて来た』と言う者が街に侵入して来た!」
(おう、言いがかりの見本!)
と言う顔で目を剥くフーコツ。
「検問所で、ちゃんと身分手形を見せたわよ」
抗議の口調でミトラが言い返した。
「そんな物、亡霊の妖術でなんとでも出来よう!」
喚く幾何学服老婆に、
「ああ、オババ様」
ソルダ班長が慌てて手を振って、
「ええとそのう、街一番の除霊師が形式的に取り調べますので、なにとぞ御協力を」
と言い、口を結んだ。
「身の潔白が立てられるのだ。拒否する理由はあるまいがっ?!」
オババ様が力んだ。
ぼくたちが、ヴレームト山の亡霊の化身だとしたのは、このお婆さんで間違いないだろう。
「問題ない。その疑いはもっともじゃ。では、存分に」
と言って立ち上がり浴衣を脱ごうとする豊乳の妖艶女を、
「あっ、脱衣の必要はありません!」
両手を振り回して制するソルダ班長。
「ぬぬぬ。色仕掛けで男らを誑かそうとするとは! ますます怪しき者ら!」
手首の幾つもの腕輪を外して、手に握るオババ様。
「まずその黒銀の、いと長き髪の女のベッドに並んで座るのだっ」
言われるままに、フーコツのベッドに並んで座る蛮行の三人娘。
なぜフーコツのベッドだったかと言うと、単に、扉に一番近かったからだろう。
「おう。三人が並ぶと歴然としてきた!」
手に巻き直した腕輪を、じゃらじゃらと鳴らすオババ様。
「この者たち、明らかに怪しげな気配を醸し出しておるぞ!」
「ほ、本当ですか、オババ様?!」
ソルダ班長は、腰の長杖を抜いた。
他の二人も、眼を険しくして長剣を抜いた。
三人とも、
「貴方たち、背中に悪霊が!」
と言われたら、即座に信じそうな純朴な目をしていた。
大丈夫か、この街。
ぼくのいた世界では、
「暴力団対策の刑事は、暴力団と同じ眼をしている」とか言われてるぞ。
それだけ、警備隊員たちの老婆への信頼が厚い、強いという事だろうが。
おそらく、幾多の実績を積んで来たお婆さんなのだ。
そしてこちらは、通りすがりの討伐団。不利だ。
(厄介な敵だ)
老婆の言動は、ぼくらに対する明らかな敵対行為だった。
次回「続・蛮行の雨VSオババ様」(前)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第九十五話「続・蛮行の雨VSオババ様」前編は、
明日の金曜日に投稿します。
楽しみな方、お楽しみに。
小生は毎回、楽しみです。たぶん。




