「守り人フェアブ」(後)
「あれ、星なの?」
ヘルメットを取って空を見上げるミトラ。
「ヘルメットの覗き穴には、呪われた拡大機能もある」と言っていたのに。
「さっきまで無かったわよね?」
「三百年前も、あれと同じように真昼に突如として星が現れましてな」
北の虚空を見上げたまま、フェアブさんが喋り始めた。
「そしたら教祖様が、
『世界が滅ぶ時が来たのだ!』と騒ぎ出しまして、それはもう教団は大騒ぎでしたよ」
「巷の全ての発光石が、強く輝きましたからね」
と、ジュテリアン。
この二人、長命種のエルフだから、三百年前のこの同じ現象を見たのだ。
ぼくは少し、羨ましく思った。
「私の居た宮廷では、凶星なんて言ってませんでしたね。
発光石の輝きが増したので、『多幸の兆し』って噂されてたわ」
ああ。真昼の星は、ニュートリノ型の超新星爆発か?
光の到着と同時に、今、とても想像出来ない超莫大なニュートリノが、この星に降り注いだのだ。
その結果、発光石の核に吸い寄せられ衝突し、無数と言ってよいニュートリノが光エナジーに変換され続けているのだ。
ぼくの居た世界でも、藤原定家(千百六十二年〜千二百四十一年)の「明月記」に、超新星爆発と思しき記録が「大客星」と称して書かれているのが有名だ。
しかし物の本によると、「明月記」の「客星記録部分」のみ、定家と筆跡が違い、書式も変更されていると言う。
何故かと言うと、陰陽師の「客星調査記録」を切り取り、「明月記」に継ぎ足したから。
だそうだ。
定家が知るべくもない、生まれる前の超新星爆発らしき大客星、千六年、千五十四年の記録も記載されているからだ。
陰陽師、凄え。
「あの凶星が、我がレッヒャー教団を滅ぼしたのですよ」
フェアブさんが忌忌しそうに呟いた。
「『世界の終わりだ』
『発光石が強く輝いているのは、もうすぐこの世が爆発するからだ』
などと騒いだまではよかったのですが……」
「良かったじゃないの、今があって」
ミトラが合いの手を入れた。
「やがて凶星は空から失せ、発光石の輝きも元に戻り、しかして世界は滅びず……」
「ああそこで、インチキ教祖だと信者たちが喚き出し、教団の滅亡へとつながるのね」
と、納得顔のジュテリアン。
「妄想暴言教祖様の自業自得ではないか」
情け容赦なく吐き捨てるフーコツ。
「それはまあ、そうなのですが、教団の使用人として禄を食み、お陰でさしたる苦労もなく暮らしておったものですから」
「其方にとっては、本物の凶星であったのだなあ」
しんみりと語るフーコツ。
電光石火に同情したのかも知れない。
「そう言えば三百年前の真昼の星も、世界各地で確認され、伝承が残っていますね。空に浮かぶ星の方向が一緒なので、同じ星だと言われているけど、中身はさまざまですね。『吉星』だの、『凶星』だの、『平星』だの」
と、笑うジュテリアン。
「この度の星も、同じように騒がれるでしょうが、星見の衆が言うには、『ただの自然現象』だそうですよ。心配する必要はありません。はずです」
「『星見の衆』?!」
と、声を合わせるミトラとフェアブさん。
「宮廷の占い師たちです。あまりに現実的なモノ言いなのが『玉に瑕』でしたけれども」
ジュテリアンはそう言うと、また笑った。
「それは、三百年前の星見の衆であろうが」
と、フーコツ。
「今の占星術は進んでおるぞ。曖昧な方向にな」
そのフーコツの言葉に、
「それ、良い事なの?」
と、不思議そうにミトラが言った。
「うむ。どうとでも取れる占術は、気持ちの持ちようで『吉』にも『凶』にも転がるからのう」
と、フーコツ。
「凶など笑い飛ばせば良いのじゃ」
そう言って彼女は、カラカラと笑った。
「下界はまた、発光石で騒ぎ立てるのでしょうなあ」
と、フェアブさん。
「なに、すぐに『騒ぐな』と御触れが出ますよ」
と、ジュテリアン。
「『すぐに輝きは収まる』と。この度は、前回からホンの三百年。エルフにも、ドワーフにも、獣人族にも、見た者がおりましょう?」
そうだ。ここにも二人の体験者が居る。
「発光石は、どうすんの?」
と、洞窟を振り返るミトラ。
「家屋の壁にも埋め込まれてるじゃん。夜半なんか、眩しすぎると思うけど」
「三百年前は、発光石に布を掛けて凌ぎましたね」
と、ジュテリアン。
「今回も同じでしょう。布の厚みを調整すれば良いのです。何も問題ありません。たぶん」
自信がないのか、言った後、ジュテリアンは不安を打ち払うように手印を切り、唇を一文字に結んだ。
困った時は、宗教儀式だ。
心の拠り所なのだろう。陰陽師のように。
そういう時代なのだ。
次回「フェアブ、山を降りる」(前)へ続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回、第九十三話「フェアブ、山を降りる」前編は、
明日の日曜日に投稿予定です。
日曜日ですが、ヒマを持て余しそうなので後編も投稿するかも知れません。
と言うか、投稿したいです。




