「守り人フェアブ」(前)
「この山を越えて、向こう側の街道に出たい」
と言うぼくたちの願いを受け入れてくれてたフェアブさんは、岩肌に穿たれた階段をサクサクと登り始めた。
ミトラはヘルメットを被り直し、後に続いた。
フェアブさんに先導され、後を追って階段を上がり、岩壁に空いた穴を潜る三人娘。と、ぼく。
洞窟の空気は冷たく、発光石が其処此処に埋め込まれ、内部を薄明るく照らしていた。
「パレルレも潜れるなんて、大きな穴ですね」
と、ミトラ。
ぼくは身体のあちこちを内壁で擦っていたが、なんとか通っていた。
「教祖様は大柄なオーガであった故、穴も大きくなりました」
「ああ。鍛練は教祖様の趣味でありましたか」
と、ジュテリアン。
「冷んやりとして、気持ちの良い洞窟じゃ」
と、フーコツ。
発光石は多いが、発熱はないからだ。
「鍛練で汗を掻いても、ここで涼めるのう」
「発光石、不思議よね。ランプと違ってちっとも熱がなくて」
と、ミトラ。
「どう言う仕組みで光っているのかしら」
「ふふん。古代ムン帝国のカガク的カイメイによるとだな」
と熱く語り始めるフーコツ。
「空から絶えず降り注ぐ、目に見えぬ粒子がだな」
穴の中の発光石を指すフーコツ。
「発光石に打つかって、その衝突エナジーで光っておる。との事だ」
「空から降るって、ここ、トンネルの中だよ」
と、振り返って言うミトラ。
「山だろうが海だろうが、どんな物質でもお構い無しに『通過してしまう』ツブツブなのじゃ。とさ」
衝突したエナジーが、発光エナジーに変換したのだろう。
ニュートリノの事だろうか?
「なんだか都合の良いツブツブね」
前に向き直って言うミトラ。
「空からに限らず、全方向から」
と、側面の岩肌や足の下も指すフーコツ。
「この大地に降り来たりて、通過してゆく細かい細かい微子なのだ。らしい」
「あ、あたしの身体も通過してるわけ? そのツブツブは。なんも感じないけど」
と、片手で鎧を撫でるミトラ。
「聞いて驚け。ワシはよく知らぬ」
完全に居直って放言するフーコツ。
ニュートリノなら、ぼくらの身体を、一平方センチメートルに毎秒八十億個が通過している。
と言う話だった。
あまりにケタが大きいので、ミトラたちに話しても理解してもらえないんじゃないだろうか。
ぼくにしても、イメージ出来ない数だった。
「誰が数えたの?!」って言われても、
「計算上の事らしい」としか答えられない。
「なんと言うか、信じられないほど小さく、信じられないほど速いツブツブなのじゃ」
分からないなりに説明を続けるフーコツ。
「『あっ!』とか言ってる間に、ドーーッ! と毎 秒無数と言ってよい、見えないツブツブがワシらの身体を無断で通り抜けておるのじゃ」
「イメージ出来ない」
片手でヘルメットを押さえるミトラ。
秒速三十万キロも、原子を素通りする粒子も、イメージは難しいように思う。
「だいたい、全然、見えないし」
「ワシもじゃ。書物からの、単なる知識なのじゃ」
それがフーコツの本音のようだった。
「山でも海でも通過するのに、発光石は通過しないの?」
と、シンガリのぼくの前のジュテリアン。
「ツブツブは、発光石の『核』に引き寄せられるそうじゃ。打つかって、寿命はそれで尽きるのじゃ」
フーコツは自分を納得させるように言った。
「そいつは、古代ムン帝国の発明ですか?」
それまで黙って聞いていた先頭のフェアブさんがたずねた。
「発光石は地面に埋まっており、今でも掘り出されていますから、発明品ではありませんわね」
と、ジュテリアンが答えた。
そんな話をしながら、ぼくらは洞窟を抜け階段を上がった。
幾つめかの抜け穴に入り、ミトラが内壁の発光石を触った時、いきなり光が増した。
洞内すべての発光石が、輝き始めたのだ。
「わっ?!」
驚いて手を離すミトラ。
「何をしたミトラ!」
叫ぶフーコツ。
フェアブさんは、
「おおっ? 凶星の再来か?!」
と言って足を早めた。
「この増光現象は、三百年前にもあったわよ」
と、ジュテリアン。
「とりあえず、洞窟を出ましょう」
「怖い。なんか怖い!」
足を早めるミトラ。
足下の砂利を蹴って先を急ぐフェアブさんを追う、ぼくら「蛮行の雨」。
穴を抜けても、フェアブさんはさらに少し走った。
そして林立する奇岩に狭められた空を見上げる。
ジュテリアンも同じように首を巡らせ、何かを探している様子だったが、やがて、
「フェアブさん、あそこ。北に」
と、空の一角を指した。
奇岩に挟まれた北の空に、白く輝く点があった。
「北? あの時の凶星ではないのか?!」
と、フェアブさん。
奇岩の隙間に光るモノを見つけたのだろう、フーコツが、
「おう。あれが書物にある『真昼の星』か?」
と言い、小手をかざした。
次回「守り人フェアブ」(後)に続く
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次回、第九十ニ話「守り人フェアブ」後編は、明日の土曜日に投稿します。




