「奇岩山ヴレームト」(後)
「全く、『登り口』の立て看板くらい立てとけってんだ」
ボヤきつつ、フルアーマーで登るミトラ。
鎧に掛けられた呪いが発動するので、
「フルアーマーの方が楽」なのだそうだ。
手足をフルに使い岩肌を登りながら、
「ちちち近道は 心が遠く なりにけり」
あまりの険しさに一句読むフーコツ。
季語がなかったが。
「心を確かに。心が真っ直ぐであれば、道もまた一直線に……」
と、錯乱したような事を口走りながら、ぼくの前を這い上がってゆくジュテリアン。
ミニスカートの中のエメラルド緑の下着が丸見えではあったが、言うとさらに錯乱する心配があったので、ぼくは黙って覗き続けた。
「岩肌が若干、平されているように思う。この辺りが登山道ではなかろうか?」
スリットから、ピンクのブーツを履いた美脚をニョキニョキと出したり引っ込めたりしながら、息を切らして登り続けるフーコツ。
そんな皆んなの努力の甲斐あってか、階段で言えば「踊り場」のような、人工的に平された場所に辿り着く蛮行の三人娘。
「見よ。休憩場だ。道は正しかった」
奇岩にもたれ大股を開き、スリットから美脚を放り出して座り込むフーコツ。
「今、登って来たのが正しい道なら、未踏の深山も道だらけよ」
立ってはいるが膝に両手をつき、身体を「くの字」に曲げて不満を吐くミトラ。
「『険しい山をスイスイ登る呪い』を追加しなきゃ」
ジュテリアンはM字開脚で座り込み、言葉もない。
三人に、お茶の入った小さな水筒を配るぼく。
ミトラはヘルメットを脱ぎ、お茶を飲んだ。
あとの二人も、ひと息ついた様子だ。やれやれである。
「あんたらが登って来たのは、ただの岩肌ですよ」
男性の声が、踊り場に響き、
「だっ、誰じゃ?!」
と言って慌てて美脚を隠すフーコツ。
「……誰?……誰でもいいけど………」
と呟き、下着丸出しのM字開脚を閉じないジュテリアン。疲労が大きいようだ。
「名を名乗れ!」
立ち上がって、伝説の斧をホルスターから抜くミトラ。
まだ斧刃を出さない棍棒状態だ。
「あっちに、古の先人たちが造った、ありがたーーい階段がありますからな」
奇岩の陰から黒衣の男が一人、現れた。
がっしりとした体格で、切れ長の目をしていた。
そしてトンガリ耳。エルフだった。
「階段が? 気がつかなんだ」
ふらりと立ち上がるフーコツ。
「もう少し街道を歩けば良かったのか?」
蹌踉めきつつ、「あっち」に階段を見に行くフーコツ。
「お嬢さん方、疲れたろう。わたしはこの山で守り人をやっているフェアブと言う者です。よろしくお願い申したい」
と、たくましきエルフ、フェアブが言った。
「ああ。山の守り人でしたか」
あっさりと棍棒をホルスターに仕舞うミトラ。
いや、怪しいだろう。
こんな険しい山で「守り人」をやってるなんて。
「休憩所もあるよ。お茶も焼き菓子もあるよ」
ますます怪しき事を口走るフェアブ。
「私たちは先を急いでいるから、休憩はいいわ」
ジュテリアンはM字開脚のまま、しっかりと断った。
「近道だと思ったから、登って来たのよ。休んでいる暇は、あまりないの」
「まあそう言わずに。スカっとするお茶ですよ、甘い焼き菓子ですよ、給仕はメタルゴーレムですよ」
「えっ? こんな所にメタルゴーレムが?!」
強く反応するミトラ。
「独りでは寂しかろうと、ご主人様がわたしに預けて下さったのですよ」
「この、パレルレみたいなタイプ?!」
さらに喰い付くミトラ。
「そうですね、ひと回り大きいですが、同じ歩兵タイプだと思います」
冷静に応じるフェアブ。
「で、ご主人様って、誰?」
ようやく「怪しい部分」に突っ込むミトラ。
「この山の持ち主ですよ」
「あっ、この山は個人の所有物でしたか?」
ジュテリアンは少し慌てたような声を出し、背中を奇岩から離した。
「お気になさらず。久々の客人とて、下界の話など聞かせてもらえればと思ったものですから」
眉を寄せて言うおじさんフェアブ。残念そうだった。
「下界って、おっちゃん、山を降りた事ないの?」
「山の守り人ですからな」
手を後ろに組み、空を見上げるフェアブ。
「寂しくなった時しか降りませんな」
(降りるんかい!)
と視線で突っ込むミトラとジュテリアン。
「つかぬ事をお聞きしますが、その『山の守り人』って、いつ頃からやっておられるのですか?」
同族のジュテリアンが、エルフおじさんに問うた。
「そうですな。教団が失われ、かれこれ三百年……」
意外な返事だったのだろう、ジュテリアンは、
「キ……キョウダン?!」
と頓狂な声を出した。
「宗教団体って事? どんな?」
単刀直入に聞くミトラ。
「レッヒャー教ですよ。滅んで三百年とは言え、この辺りを席巻しておったのですが、ご存知ありませんか?」
よく耳にする山岳信仰の教団か?
「申し訳ありません。通りすがりの旅の者ですので」
「ああそれで、ウッカリ山登りを」
合点顔になるフェアブおじさん。
「まあ、最後は『狂乱の団体』などと言われましたからな、土地の人々は記録から抹殺したいのかも知れません」
「狂って乱れてたの、その団体?」
果たして喰いつくミトラ。
「なにせ三百年前、突如としと教祖様が『世界が終わる!』と騒ぎ始め、しかして世界は終わらず……」
「うんうん。終わらなくて良かった!」
「まあそうなのですが、終わらなかったものですから、『インチキ教祖だ!』と信者たちが騒ぎ出しまして、あっけなく消滅した教団で御座います」
「うーーん、そんなベラボウな、根拠のない事を言い触らしちゃ駄目よねえ。近所迷惑よねえ」
「その教団の解散の折、
『必ずや戻って参る!』
と教祖様が申されて、使用人であったわたしは、その時から、この教団の施設であるヴレームト山を守っておるのです」
「たった一人で大変でしたねえ」
と、付き合いの良いミトラ。
「いえ、守り人には何人かが任命されたのですが、そのう、逃げ出す者やら、病死する者やら、老衰で他界する者やらで、ついにわたし独りに……」
「ああ。三百年ですもんねえ。エルフですもんねえ」
ついにジュテリアンも同情したのか、口を挟んできた。
「この山、施設なの?」
守り人の話に背筋を伸ばし、辺りを見渡すミトラ。
「修行場です」
短く答える守り人フェアブ。
「話は盗み聞きさせてもらった」
何処に隠れていたのか、狭い踊り場に突如として姿を現してフーコツが言った。
「地上からの階段は大したものであった」
「一応、畑も溜め池も、沐浴室も瞑想室もありましてな、生活には困っておりません。力仕事はゴーレムがやってくれますしね」
「フーコツ、盗み聞いた? この山、消滅した教団の修行場なんだって」
「うむ。そこもちゃんと盗み聞いたぞ。岩のあちこちにトンネルが掘ってあった。内部には発光石が埋め込んであった。修行場とすれば、あの、無意味なトンネルも分かる」
「ええ、信者の身体を鍛えるための、トンネル掘りでした」
守り人フェアブは、トンネル掘りの重労働を思い出したのか、肩を回し、揉んだ。
次回「守り人フェアブ」(前)に続く
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次回、第九十二話「守り人フェアブ」前編は、
明日の金曜日に投稿します。




