「奇岩山ヴレームト」(前)
黒騎士バンガウアと可視化したディンディンの間に入り、サウラーの肉を取り分けて魔族と幻魔に渡しているのは、くノ一・アヤメさん。
甲斐甲斐しい。
「アヤメさん、もうすっかり黒騎士のお供ね」
優しい目になって見守っているミトラ。
「同感だ」
と、フーコツ。
「『蛮行の雨』に加わると前に言ってたから……」
ジュテリアンが口を開いた。
「黒騎士にお供するとは、今さら言いにくいのかもね」
「うむ。黒騎士に付くのが、ワシらへの裏切りと考えておるのかも知れんなあ(フーコツ談)」
「要らない気遣いよね。隠密同士、くっついちゃえば良いのよ(ミトラ談)」
「ラファームには付いて行っちゃうのよね、アヤメさん」
「それはまあ、護符を強化するためにも行った方が良いと思うぞ」
「そうね。彼女に言い渡すにはもう時間がないわね」
ジュテリアンがうなずいて言った。
「黒騎士に、アヤメさんを頂いてもらいましょう。あとは、そのタイミングね」
「タイミングは難しいぞ。バンガウア殿にすれば、
『アヤメさんを差し上げます!』と言うワレらの宣言など、青天の霹靂であろうからな」
フーコツが腕を組んで唸った。
しかしぼくたちのその心配は、要らぬお世話だった。
食事が終わって、アヤメさんは、
「あたい、やっぱり黒騎士様と旅をします。人間界に疎い、この中の方を助けて参りたいと思います!」
と、言い切ったのだ。
「あっ。うん! それが良いと思う。黒騎士さんを助けてあげて!」
ジュテリアンがすかさず応じた。
「『やっぱり』と言いおったぞ」
小声で吐くフーコツ。
「迷ってたんだ、今まで。結論が出て良かったじゃん」
喜ぶミトラ。
アヤメさんは当初、アレドロロンへの道を案内すると言っていたが、地図はメリオーレスさんに貰っている。
何も問題はない。たぶん。
分岐点の卍路にやって来て、
「またな。『蛮行の雨』。すぐに会えるだろうが」
と、ゴルポンドさんが軽い調子で言った。
「会えぬ時は、息の根を止めても探し出す」
バンガウアさんが、肝心な所で言い間違った。
「『草の根を分けても』じゃ、黒騎士よ」
すかさず突っ込むフーコツ。
「未熟者!」
すかさず尻馬に乗るミトラ。
そうしてぼくたちは、「引き潮の海」や黒騎士+アヤメさんと別れた。
街道をアレドロロンに進みながら、
「ふん。『すぐに会えるだろう』だなんて、なんのフラグ立ててんのよ」
と、不吉を呟くミトラ。
「ふむふむ。つまり『永劫に会えぬ』と言うフラグを立てたのだな、彼奴は」
と、フーコツ。
「そうそう。『お土産は何が良い?』って旅行に出た友だちが、旅先で良き伴侶を得て、還らぬ人となったり……」
「おお。フラグあるあるじゃな」
「やめなさい、あなたたち。何でもない言葉に不吉な意味を持たせるのは」
ジュテリアンは、あるあるな展開を潰した。
それから、メリオーレスさんに貰った通常の地図を広げた。
「ここを道なりに歩いて行けば、次の宿泊地のトゥープに着くわ。お昼が早かったから、夕方までには到着するわよ」
「どんくらい歩くの?」
と言うミトラに、
「ほんの五、六 時間ね」
と答えるジュテリアン。
「道は、もっと短いのが良い」
と、駄々を捏ねて丸めるミトラ。
ワープとか、異次元トンネルとか、テレポートのない不便な異世界だった。
「道は短くならんぞ、ミトラよ」
と言うフーコツに、ジュテリアンは、
「近道ならあるけどね」
と、答えた。
「ちかみち! 近道!」
喚き出すミトラ。
「でも、たぶん険しいと思うわ」
と、これから進む街道にそびえる尖った奇岩だらけの山を指すジュテリアン。
「あれを迂回せずに山越えか。面白い。しかし、あんな山に道があるのか?」
「あるらしいわ、ほら」
と、地図をフーコツに見せるジュテリアン。
「その点点で示されてるのは、何?」
と、地図を触るミトラ。
「たぶんトンネルね。幾つも表示されてるわね」
「へえ、昔の人が近道をするために、トンネル掘ったんだ」
「ふん。土地の権力者が、市井の人々を掻き集めて、強制労働をさせた結果であろうよ」
と言うわけで、その強制労働の成果を、自分たちの足で確かめに行く事になった。
地図が示す奇岩山の、登山口? と思しき地点に到着する「蛮行の雨」。
「えっと、奥の岩に穴が空いてるのもここから見えるし」
などと、頭上の何層にも重なる奇岩を見上げて言うミトラ。
山に建つユームダイムの街は、建物が何層も山肌に重なっていたが、あの建物が奇岩群と思えば、近からずとも遠からじ?
「この辺り、何となく斜面がなだらかな気がするし、登り口はここで良いのよね?」
ヘルメットを被り、ガントレットを装着するミトラ。
「階段はないのか。どうやって登るのじゃ」
奇岩に手を掛けてボヤくフーコツ。
「あれよ。首都なんかにある、アスレチック施設の真似をしてるんじゃないの!」
ジュテリアンは、小さな奇岩を足掛かりに、登り始めた。
次回「奇岩山ヴレームト」(後)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回「奇岩山ヴレームト」後編は、来週の木曜日に投稿予定です。
「金色」に、「アルジェント」とか「アルギュロス」とかフリガナをつけましたが、これは両方とも、「銀色」の意味でした。
で、「アウルム」に訂正しました。
ひょっとすると、訂正されていない箇所もあるかもしれませんが、「金」は、「アウルム」と読んでやって下さい。




