「黒騎士、リフレッシュする」(前)
「ああ、黒騎士様、もう一度……」
と呻いて起きるアヤメさんに、再び目を剥くバンガウア。
「こっ、こんな事を言ってらっしゃるが?!」
「夢だよ。夢を見たんだよ」
と、知らせるぼく。
「二人とも激しく求め合ってた」
と揶揄う事も考えたが、それは止めた。
武士の情けである。
朝ごはんの後、ユームダイムを発つので、ミトラたちは服を着替えて、一階の食堂に向かった。
目出し帽を被った黒騎士を囲むようにして食堂に入ると、ニヤニヤしている「引き潮の海」と出会った。
「タフですなあ、黒騎士殿」
と、ロウロイドさんが声を掛けて来た。
「阿鼻叫喚ならぬ、阿鼻嬌声が夜さり遅くまで漏れ聞こえていたそうですぞ」
「えっ? きょ、嬌声? 夜さり遅うまで?」
ギョロギョロ眼でキョドる黒騎士。
「い、いやそれは誤解だ。拙者は脆くも失神したはず。それとも夢遊性欲病者のように女体を求めたのであろうか?!」
「おおう、失神させまくったと……?」
ニヤニヤ笑いが真顔になるゴルポンドさん。
そう言えば、ゴルポンドさんたちを施術した時はぼくの腕がまだ未熟で、失神には至らなかったっけ。
今ならどうだろう?
バンガウアさんを失神させたのだから、イケると思うが。
ちょっと気になった。
食事を終え、ジュテリアンが宿代を払おうとしたら、宿の人に、
「すでに市長から頂いております」
と返事された。
「おや? これもワシらに対する根回しかのう」
と、フーコツ。
「好意は素直に頂きましょう」
と、ジュテリアン。
「まさか、公費で出てるわけ?」
と、ミトラ。
「経費で落ちなかったそうです。市長のポケットマネーでございますよ」
「市長の奢りなら、良し」
ミトラが笑った。
「手紙も預かっております」
との事で、ジュテリアンが受け取って開いた。
「ざっくり言うと、『また来て下さい』と言うのと、『いつでも職員として歓迎します』との内容です」
と、ジュテリアン。
「えっ? すごく長いじゃん、ジュテリアン」
と、横から覗いたミトラが言った。
「ほとんど修飾語の羅列と、季節の挨拶よ。ほら」
と言って、手紙をミトラに見せるジュテリアン。
「士官の口を求めて旅をしている冒険者もいるからな」
と苦笑するロウロイドさん。
「儂がそうだった。結局、宮仕えが性に合わない事が分かって、また無頼の徒に逆戻りしてしまったがな」
昨日の内に頼んでおいた御弁当を受け取って、宿屋を出ようとした時、
「ちょっと御不浄に」
と言い出す黒騎士バンガウア。
「『出物腫物、所構わず』と言うからな」
と、ヘルメットを小脇に抱えトイレに急ぐ黒騎士を見送るゴルポンド。
黒騎士が帰って来た時には、いつもの漆黒のヘルメットを被っていた。
手には目出し帽を持っている。
「フルアーマーの方が涼しくなったよ。護符を買ったからな」
と、黒騎士が言った。
彼は、女性陣の勧めに応じて、昨夜の祝勝会の前にユームダイムの護符屋で、
「清涼の護符」を買ったのだそうだ。
「『涼風の護符』より身体に良い」
と店のマスターに勧められたと言ったが、違いはぼくには分からなかった。
「『清涼』か。奮発したのう」
と、フーコツ。
「ほらね、買って良かったでしょう!」
と、ミトラ。
ミトラもアーマー装備で旅をしていたので、「涼風の護符」を身に着けていた。
暑い季節には、大いに助けられていると言う。
「目出し帽、預かりましょうか?」
と、ジュテリアン。
ぼくの収納庫に入れてしまえば良いのだ。
「いや、ユームダイムを出たら、ディンディンに預けるから大丈夫だ」
と、黒騎士。
そして、黒騎士だけ御弁当がなかったので、宿の人が、
「すぐに作りますので、お待ちを」
と言ってくれたのだが、
「なに、そこらでサウラーでも捕らえて食べますので、必要ありませんぞ」
と、バンガウアさんは断った。
彼の野宿生活が垣間見える会話であった。
「野獣!」
と嬉しそうな声をあげるアマゾネス・ギュネーさん。
ちなみにディンディンとは、幻魔トオセンボの固有名詞だ。
このディンディンは、バンガウアさんが魔王ロピュコロス軍に入る前から「友だち」であったと言う珍獣だ。
ようやく宿屋を出る「蛮行の雨」と「引き潮の海」と、黒騎士とアヤメさん。
「蛮行の雨」は、ぼくが収納庫を持っているので手ぶらだったが、「引き潮の海」はゴルポンドさんが大きな荷物袋を背負っていた。
チーム四人分の荷物だ。
体力があるので、任されているのだろう。
アヤメさんも、ぼくたちを襲った時には手ぶらであったが、その後、生活があるので、着替えや日用雑貨を買い、小さめながらリュックを背負っていた。
アヤメさんは、このまま黒騎士のお供として一緒に隠密活動をしてゆくのが良いと、ぼくは思うのだが。
そうなると、魔族であるバンガウア。
幻魔トオセンボのディンディン。
抜け忍くの一、アヤメさんのチームである。
バラエティパックみたいで、なんだか羨ましい。
ぼくのチームも考えてみれば、ドワーフ娘のミトラ。
エルフ娘のジュテリアン。
人間似のナニかな娘フーコツ。
と、人間の心を持ったゴーレムの四人。
まともな人間がいない変なチームだ。
「引き潮の海」は、クカタバーウ砦の元隊長のロウロイドさん。
流れ僧侶だったコラーニュさん。
追放アマゾネスのギュネーさん。
オーガの大剣使いゴルポンドさん。
人間が三人もいて、一番、まともっぽいチームだと思った。
次回「行商人プピペテラ」(前)に続く
次回、第九十話。
「行商人プピペテラ」前編は、明日の土曜日に投稿します。
百話が近いですが、特に何もないようです。




