「ミトラ、敗れたり!」(前)
ミトラが自分に返って来た卍手裏剣を砕いたからか、黒騎士の攻撃でミトラが倒れたからか、ホールに巻き起こる拍手と歓声。
斧刃の出ていない伝説の斧を手にしたまま起き上がったミトラであったが、思い直した様子で、
「参りました、黒騎士様」
と言って頭を下げた。
拍手がさらに高く長く会場を包んだ。
「みみみ見事であった、ドワーフの娘」
一発で黒盾に穴を空けられ、動揺が残っているのか、黒騎士の声が少し震えていた。
酔いも覚めたのではないか?
「いい加減、名前を覚えて下さい、黒騎士様。オララ工房集落のミトラです」
「うむ、ミトラ殿。今後も鍛練に励むように」
「はいっ!」
ミトラは再び深く頭を下げた。
「誠心誠意、全力で飲み食いいたします!」
ミトラはまだ酔っているようだった。
「なんの茶番だ」
と、つぶやくフーコツ。
「これ以上は危険なので、この辺で止めておこう」
「はい。建物を壊してしまいます。弁償が大変です」
ミトラの言葉を聞いたフーコツは、ぼくの隣で、
「うむ。それは本当だ」
と、つぶやいた。
ミトラはテーブルに帰って来て、
「なんなのアイツ。護符なしであの強さだよ」
と、ボヤいた。
「実戦ならば、黒に卍が刺さった所で爆発させて、ミトラの勝ちであった」
と、フーコツ。
その言葉を聞き、
「へへへ」
と、嬉しそうに小鼻をピクつかせるミトラ。
その後、警備隊員の入れ替わりなどありながら、祝勝会は粛粛と続いた。
市長が、名士らしき人々のテーブルを回っている。
そう言う、何かの根回しも兼ねた食事会なのだろう。
やがてミトラが、
「これ以上食べたら、お腹がパンパンになって鎧が脱げなくなっちゃう」
と言い出したので、御暇する事にした。
「じゃあ、市長は忙しそうだから、メリオーレスさんに挨拶しておきましょう」
そう言って立ち上がり、ミトラの手を取った。
「えっ? あたしも?」
と驚くミトラ。
「パレルレに身体をあげた張本人だし、あなたが居たから、『蛮行の雨』が出来たんでしょうが」
ミトラの手を引いて、ジュテリアンは黒騎士の座る席に近づいて行った。
無論、ぼくは聴覚機能を上げて盗み聞きした。
ジュテリアンの暇の挨拶に、
「では拙者も」
と言って立ち上がる黒騎士を、
「そんな訳ないでしょ!」
と抑え込むメリオーレス、ジュテリアン、ミトラの三人娘。
ぼくはそんなやり取りを、皆んなに実況した。
「そりゃ、逃げ出したいよねえ」
と、笑うギュネーさん。
「オレらは、こんな所でメシが喰いたくて、討伐してる訳じゃないからな」
と言ってゴルポンドさんも笑った。
「とは言え、何もしてないのに、今回は美味いものを喰わせてもらって申し訳ねェよ」
「期待賞ってヤツじゃないか? 気にしなくて良いさ。次に頑張りゃいいんだよ」
ロウロイドさんが応じた。
ジュテリアン、ミトラは、黒騎士、メリオーレスさん、そして名士たちと、少し面倒な話をしていた。
これは、ぼくは中継しなかった。
が、それも片付けて、ジュテリアンは笑顔でぼくたちに出口を指した。
「行って良し!」だ。
「よし、退散だ」
鼻髭のロウロイドさんが元気良く立ち上がった。
居残りが決定して、ガックリと項垂れている黒騎士バンガウア。
テーブルのご馳走がまだ食べられる事が分かって? 隣で喜んでいるアヤメさん。
ぼくらは、そそくさと迎賓館を出た。
迎賓館前広場の祝勝会は、当然と言うが、賑賑しく続いていた。
ニューノ班長は広場の警備に移動していたので、ぼくらを見つけ、また挨拶に来た。
「バンコーだぞ、バンコー!」
と言って周りの警備隊員を集めるニューノ班長。
強引だった。体育会系と言うヤツか?
そこへ、モヒカン頭とダブルモヒカン頭の、いかにも無頼漢風な二人組がやって来た。
「お久しぶりです」
と笑うシングルモヒカン。
「あら、バルバトの宿でもお会いしましたわね」
笑顔で応じるジュテリアン。
『ザミールとカメラート』
と、サブブレイン。
そうだ。
クカタバーウ砦の奪還仲間で、黒騎士の流布仲間な人たちなのだ。
ぼくたちに近寄って、
「今回の黒騎士も偽物でしょ?」
と、ささやくモヒカン頭ザミール。
そもそも、本物がいない。架空の人物なんだから。
「うむ。だが今回は、本物で良いのだ。そういう偉丈夫であった」
と、フーコツ。
「へえ!」
と言って顔を見合わせるモヒカンコンビ。
「そしたら、是非とも御尊顔を拝したいのですが」
二人がそう言うので、ぼくたちは迎賓館に戻り、「ぼくたちに免じて」中に入れてもらった。
「クカタバーウ砦の奪還仲間」は効果があった。
ぼくたちに繰り返し頭を下げ、礼を言いながら、モヒカン頭二人組は、場違いな大ホールを進んで行った。
「大丈夫か? どう見ても荒くれ者だぞ」
と、心配顔の無頼漢ゴルポンドさん。
「だから、砦の奪還仲間なんだってば」
と、モヒカンコンビのために弁明するミトラ。
「見た覚えがないが」
と言ったのはロウロイドさんだった。
「あなた、あの時はまだ隊長で、忙しかったでしょう?」
ジュテリアンが言った。
「人を見掛けで判断してはいけないと言う見本じゃ」
フーコツは神妙に語った。
それからぼくたちはまた、宿に向かって歩き出した。
「飛行竜は、赤身肉の体液があふれて美味しかったわねえ」
鎧を揺すり、御満悦の表情で言うミトラ。
「う、うむ。肉汁! は濃厚であったのう」
と、「肉汁」を強調するフーコツ。
「体液」では、食欲が落ちるのだろう。
「跳躍蜥蜴は、もも肉が美味しかったですねえ」
と、コラーニュさん。
「おう。噛む度に肉汁! があふれて」
と、ゴルポンドさんも「肉汁」を強調した。
「脂の旨味を堪能したぞ」
「やはり味付けが抜群だったと思う。料理人の腕も良かったのだろう」
と、ロウロイドさん。
「アマゾネスを追放されて、今夜ほど満足した事はありません、先生。ビバ追放!」
ギュネーさんも嬉しさ全開で叫んだ。
「淡白な胸肉が食べやすくて良かったわ」
と言ったのはジュテリアンだ。
ぼくも上質の潤滑油が飲めて、とても嬉しかった。
次回「ミトラ、敗れたり!」(後)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
第八十七話「ミトラ、敗れたり!」後編は、明日の日曜日に投稿します。
すでにミトラは敗れ果てたのですが、そこは気にせずに。




