「黒騎士VSミトラ」(前)
道中、街のあちこちに屋台が出ているのを見た。
ひょっとして、街中で祝勝会なのか?!
以前の魔族襲来を体験した長命種もまだ存命だとは思うが、三百年ぶりの魔族の強襲だったそうだから、盛り上がっちゃうかも、とぼくは思った。
迎賓館前の広場も、すでに屋台まみれの宴会会場になっていた。
老若男女、家族連れらしき姿も多数見える。
お祭りなんだ。
広場を横切りながら、
「くっ。腹が減りすぎて千切れそうだ」
とか、
「待ってろ、跳躍蜥蜴!」
とか、
「飛行竜の肉もあるんだった」
などと盛り上がる「蛮行の雨」と「引き潮の海」。
「皆さんの肉は、ちゃんと確保してあります。明日のお弁当の肉もあります。しかし、量に限りがあるので、そこは我慢して下さいね。特にジュテリアン」
と言って笑うメリオーレスさん。
「私は確かに毒婦だが、この頃は肉をひかえているから。人の分まで取らないわよ」
苦笑で答えるジュテリアン。
「あーー、食べられない人も居るんですね」
少し気にした様子を見せるコラーニュ僧侶。
「街の人口は多いですからね。でも、ハーン公園へ出向いた警備隊や皆さんは、全員が特別な肉を食べられます」
と、メリオーレスさん。
「結果はとも角、戦死も覚悟で行ったわけですから」
「怪我した警備隊の人も居たよね」
と、ミトラ。
「ああ。伝説の杖の担当隊員ですね。大丈夫ですよ。全員、傷は癒え、食べに来ているそうですよ」
と、メリオーレスさん。
「仲間がお裾分けをしてあげているかも知れませんね」
「メリオーレス、あなたは?」
と言ったのはジュテリアンだ。
「わたしは、貴方たちをユームダイムに導いた者として、警備隊の倍の量の特別な肉が食べられるのです!」
メリオーレスさんはそう言って、唇を手甲で拭った。
三階建ての迎賓館は、
『どうだ。豪奢だろう。金と手間と技術が惜しみなく掛けられておるのだ!』
と言わんばかりの外見だった。
ぼくの居た世界で言えば、神の子、救世主を信仰する某宗教某宗派の大聖堂がコレに相当するだろうか?
平民への威圧を目的とした、大権力の象徴である。
「悪趣味ね……」
と、つぶやくドワーフの娘に、
「確かに成金趣味の産物だが、権力を否定するような発言は止めよ、ミトラ」
フーコツが注意した。
「金銭欲丸出しの、俗物的な表現形態に過ぎぬ。仕方のない事なのじゃ」
「それって、必要悪?」
と問うミトラ。
「ばっ、馬鹿者。声が大きい。権力者の耳に入ったら投獄されるぞ」
と言って辺りを見回すフーコツ。
「何処に権力者の間者がおるか分からぬのに」
実体験に基づくキョドり方に思えて、ぼくは背筋が寒くなった。
フーコツさんにも怖いモノがあるんだ、と。
そう言えば、ぼくの居た世界でも、何千人と言う子供が大宗教を称する聖職者どもに性的虐待を受け……、いやいや、止めとこう。
それを教会が権力で隠蔽し続け……駄目だ、止めておこう。
その性的虐待を調査報道した新聞記者たちの姿を描いたハ◯ウッド映画は、アカ◯ミー作品賞他、多くの賞を受賞し……、いや祝勝会とは関係ない。
止めておこう。宗教批判は後が恐ろしい。
ぼくも生命は惜しい。
富と権力の象徴である迎賓館に威圧されていないのは、
「私の居た国の宮廷ほど、お金は掛けてないわね。金が少ない。代わりに赤で誤魔化しているわ」
とウソぶくジュテリアンだけだった。
中に入り、内装の豪奢な作りに、ぼくはまた驚いた。
聞いてはいたのだが、見ると聞くでは、矢張り迫力が違う。
ぼくは素直に、権力パワーに圧倒されていた。
黒騎士はすでに到着しており、大ホールの中で祝勝会はすでに始まっていた。
「出来れば途中から、コッソリ加わりたい」と頼んでいたからだろう。
大ホールの隅っこのテーブルで、ぼくたちは「引き潮の海」と一緒にコソコソかつモリモリと御馳走を食べた。
馬糞商ツベクトン氏や、ニューノ班長を始め、警備隊員たちが次々と挨拶に来てくれた。
早朝の飛龍や岩石竜退治が、どの程度正確に伝わっているのか分からなかったが、警備隊の皆さんの、キラキラした瞳が眩しかった。
一方、黒騎士バンガウアはと言うと、ヘルメットを脱ぎ、目出し帽を被って食事をしていた。
レイヤベルカ市長とメリオーレスさんに挟まれて、やや居心地悪そうであったが、食欲は旺盛だった。
アヤメさんが、会話に忙しい黒騎士のために、せっせと食べ物を取り分けている。
「ぐりぐりの目玉と太い眉がバレておるではないか」
と、フーコツ。
「でっかい口もね」
と、ミトラ。
すっぽりと顔を隠した目出し帽の、目の周りと口の周りが、くり抜かれているから仕方がない。
「鼻が高くて大きいのも分かるよね」
「頬骨が張っておるのも、分かるぞ」
「そっとしといてあげましょう」
ジュテリアンが口を挟んだ。
そんな中、アルコールも手伝ったのだろう、名士たちが余興を所望した。
ヘルメットを脱ぎ、目出帽を被って顔を隠し、実に怪しい外見で食事を取っていた黒騎士が、
「良かろう!」
と、言って立ち上がった。
そして目出し帽の上にヘルメットを被る。
余興とは、
「黒騎士と黒騎士近衞団、つまりぼくらとの技比べ」
であった。
酔ってるのか、名士のヤカラ。
大ホール奥の、一段高い舞台に上がって、
「どこからでも掛かって参れ、『蛮行の雨』!」
と黒騎士が叫んだ。
「酔ってんのか、黒騎士?!」
ぼくは驚いて言った。
「酔っておるのう」
と、フーコツ。
「面白い。相手をしてやれ、ミトラよ!」
うん。フーコツも酔っていた。
次回「黒騎士VSミトラ」(後)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
次回「黒騎士VSミトラ」後編は、明日の日曜日に投稿します。
決着が着くと良いですね。
ではまた、明日。




