「バンガウア、強化される?」(後)
「もし、ムンヌルの親友たるフーコツ殿に何かあったら、相手が誰であろうとも、拙者は生命を懸けて復讐するであろうよ」
黒騎士はバンガウアの声で、そう言い切った。
「それでは、夜の祝勝会とやらにはまだ間がある。護符を買いに行こう。お主らの分も買えると良いのだが」
「ふん。バンガウア、護符を舐めちゃいけないわよ。良品は本当にクッッッッソ高いんだから」
と、ミトラがリキんだ。
ラファームの、モグリの護符屋を言っているのだろう。
「ああ。その事なんだけど、ちょっとこっちに寄って頂戴」
と、ジュテリアンが建物の脇に生えている樹木の陰に、皆んなを誘った。
(この樹木、少し建物を持ち上げてないか?)
と思いながら、ぼくは建物に近過ぎる樹の陰に混じった。
「この街の護符屋さんにも良い物はあると思いますけれども、野に下って七十年、ラファームの護符屋さんほど胡散臭くて魅力的な店に出会った事はなかったわ」
と、ジュテリアンが言った。
「ああ、セネクト婆さんのお店だね。非合法だから広く知られてないけど、品物は確かだよ」
と、ギュネーさん。
「極上品は高くて手が出ないけど、オレもあそこで武具を強化してたよ」
「そう。問題は極上品なのよ。黒騎士さんにはもっと強くなって欲しいので、軍資金を渡します。パレルレ、金貨と銀貨の袋を」
とジュテリアンが言うので、さらにガニ股になって背を低くし、ぼくは収納庫を開けた。
古代ムン帝国の宮廷金貨。
ではなく、今、貰ったばかりの報奨金も含めた通常貨幣の入った箱である。
四つの手で次々と取り出し、ジュテリアンやフーコツにも渡した。袋の数が多かったからだ。
そして袋の口を開き、覗き込んでは驚いている皆さん。
「一体、こんな沢山の金貨、銀貨をどうしたんだ?」
険しい目でジュテリアンを見るロウロイドさん。
そうだ、この人は元・公務員だった。
「まさか盗品じゃあるまいな?!」
「今まで溜めてきた賞金の数々です。人知れず、小銭を稼いできたのよ」
自嘲気味に唇を歪めるジュテリアン。
「金貨は小銭じゃねえ」
かすれた声で言うゴルポンドさん。
「公園の戦いで見たと思うけど、パレルレの青の十層は、金色の五層並みだったでしょ?」
得意そうに言うミトラ。
「あれ、ラファームのモグリの護符屋さんで強化してもらったヤツよ」
「モグリのお婆さん、黒騎士を待ち焦がれていたから、値切れるかもね」
と、ジュテリアン。
「『黒騎士は黒盾を発現させる』と言っておいたから、お主はバッチリ当てはまるのじゃ」
お金の袋を黒騎士に押し付けて言うフーコツ。
「本物の証となろう」
「あっ。確かに言ってた。でもあの時って、バンガウアはまだ、ただの魔族バンガウアだったよね?」
と、ミトラ。
「うむ。黒騎士のイメージとして、バンガウア殿が頭に浮かんだので、言ってみただけであったが……」
「先生、未来予知ですね! また一歩、仙人に近づかれたのでは?!」
ギュネーさんが瞳を輝かせた。
「テキトーに言った事がマグレで当たっただけだから」
反発するミトラ。光の呪術師への嫉妬か?
「こんな時よ。『怪我の功名』って言うのは」
「バンガウアさんの強化もだけど、皆さんもこのお金で強くなって下さい」
と、ジュテリアン。
「「防御不足、効果不足で不覚を取るって、よくあるじゃないですか」
「いざと言う時に、あたしたちを助けてくれたら良いから」
と、笑う正直なミトラ。
「ここ、一番大切なトコだから、忘れないでね」
「しかし、こんな大金……」
かすれ声のままで、ゴルポンドさん。
「心配無用です。パレルレ、例のモノを」
とジュテリアンが言うので、ぼくはまたひとつの収納庫を開けた。
「私たちには、まだコレがあるから」
袋を開いて、一枚の大きな金貨を取り出すジュテリアン。
「なんだ? その馬鹿デカいのは? 金貨なのか?」
と、ゴルポンドさん。
「古代ムン帝国の宮廷金貨?!」
声を裏返すロウロイドさん。
「何処かの王族が、ソイツ一枚欲しさに別荘の城と交換したって噂のある代物だぞ」
「なんなんだそりゃ? 嘘臭い話だが、そんな値打ち物なのか?」
「クソマニアにしか分からねえ、極上の逸品だ。ただし、通貨としての価値は酷く低いそうだ」
「じゃあ、ガラクタじゃねえか」
「儂らにはガラクタ。出すトコに出したら、大化けするのさ」
ゴルポンドさんとロウロイドさんが、金貨談義で戯け合った。
「そんなもの、一体どこで? いよいよ盗品か?!」
と、話をぶり返すロウロイドさん。
「宮廷僧侶を辞めた時の退職金よ。退職金は記念メダルで欲しいって言ったら、薄暗くてカビ臭い宝物殿に案内されましてね、
『好きなだけ持ってゆくが良い』
って言うもんだから、お言葉に甘えたのよ。お金に困った時は、ムン帝国の宮廷金貨を売って凌いだの。たちまち大金持ち! 助かったわあ」
「盗品じゃねぇか! 大泥棒っ!」
「人聞きの悪い。価値を知らない経理の人が悪いと思います」
澄まして言うジュテリアン。
「しかし、嗜好品だからのう」
と、フーコツ。
「取り扱いは要注意じゃ。広めすぎては、値打ちも下がるゆえ」
「結局、『世の中お金』と言う話なんでしょうか、先生」
と、ギュネーさんが首を捻った。
「金が全てだか、『夢も持たぬと生き難い』と言う話じゃな」
フーコツは、諭すように言った。
「金は上手く使わんとな。そして金に頼って鍛練を怠たれば、宮廷の亡者どものようになってしまうのだ」
フーコツは偏見を隠さずに放言した。
次回「参る! 遺産屋」(前)に続く
お読み下さった方、ありがとうございます。
明日は第八十二話、
「参る! 遺産屋」前編、を投稿します。




