「黒騎士の帰還」(後)
「吾、いや、拙者の話ですか?」
黒騎士はそう言って兜を脱いだ。
出て来たのは、グリグリの眼。
エラの張った顎。
八重歯がちょっと出た物物しい唇。
ゴツい鼻。
太い眉は復元していた。
そしてスキンヘッドの頭。
テント村の戦いで、眉と頭髪は燃えて失っていたのだ。
「あら、バンガウアさん、髪の毛、戻らなかったの?」
ジュテリアンは不思議そうに言った。
「モサモサしたのが野獣っぽくて似合っていたのに」
「フルフェイスだと暑くて……、ディンディンに剃ってもらっています」
と、ツルツル頭を掻くバンガウア。
「そんなの、『寒暖の護符』を身に付ければ問題ないじゃん」
なに言ってんの? と言う顔でミトラ。
「フルアーマーの戦士は皆んな持ってるわよ。暑い時は涼しく、寒い時は暖かくしてくれるヤツ」
馬っ鹿じゃないの?! と言う目になるミトラ。
「もちろん、あたしも身に付けてる」
ミトラは腹のあたりを摩った。
「ひょっとして、未だに護符を身に付けておらんのか?」
少し頓狂な声を上げるフーコツ。
「身体に混ぜ物をするのはどうも苦手で……」
と、ツルツル頭を撫でるバンガウア。
「馬鹿者! 生命に関わるぞ!」
「現にあたしたちに殺されかけたでしょ?!」
「あれは拙者の実力不足」
「違うわ!」
思わずお国訛りで叫ぶジュテリアン。
「よし! 討伐の賞金を貰ったら、護符を買いに行って頂きます!」
「うむ。それが良い!」
フーコツも勢いよく言った。
「それはそうと八重歯、だいぶ引っ込んじゃったね」
ミトラがバンガウアの顔を見上げて言った。
「ああ、もう牙とは呼べん」
と言って自分の口にガントレットの指を入れる黒騎士。
「猫背もちょっぴり直ってない? バンガウアさん」
と、ジュテリアン。
「うむ。その通りだ。自分でも、随分と人間らしくなった気がする。血は紫のままだがな」
「猫背なんて、どの種族にも幾らでもいるもんね」
と、フォロー? するミトラ。
「で、何故黒騎士なのだ?」
今さらに問うフーコツ。
「それは公園でも言ったが、ムンヌルの発案でな」
と言って頭を振るバンガウア。迷惑だったのか?
「顔が分からなくても、不思議ではなかろう? 討伐など手伝えば人型の信用も得られよう? 黒騎士はもともと人間界に多いから、紛れやすかろう? まあ、色々と都合が良かったのだ」
黒騎士は立ったまま喋っていたが、少し迷ってミトラとアヤメさんの座るベッドに腰を下ろした。
うんうん。美貌の豊乳ギュネーさんとか、麗人で豊乳のジュテリアンとか、美女にして豊乳なフーコツの座るベッドには、気後れして座りにくかろう。
「少々荒っぽい事をしても、ヘルメットを脱がなくても、『黒騎士だから』で済むだろう、と言っていた」
「ムンヌルさんも、案外アバウトね」
と、ジュテリアン。
「ハーン公園、随分ブッ壊しちゃったもんねえ」
と、ミトラ。
「ハーン公園は、どちらかと言うとワシらがやった事であろうが」
と、フーコツ。
「どちらか、ではなく、お主らがやった事だ」
黒騎士は力強く言った。
「なによバンガウア。早朝の飛行竜もあなたが殲滅した事にするわよ」
下唇を突き出すミトラ。
「む、無体な事を言うな。拙者が何をしたと言うのだ、ドワーフの娘よ」
「何をしたか、ではないぞ、黒騎士よ」
と、バンガウアさんを指すフーコツ。
「黒騎士である事が尊く、故にナニゴトにも責任を負うのじゃ」
「そ、そんな無茶な!」
ツルツル頭を両手で抱えるバンガウアさん。
「か、帰ろうかな」
そう言って腰を浮かせるバンガウアさんに、ミトラが抱きついて、
「帰しませんぞ」と言った。
「ううん。討伐の賞金は、喉から顎が出るほど欲しいしなあ」
座り直し、抱きついてきたミトラを両手で持ち上げる黒騎士。
「欲しいんだ」
『高い高い』状態でつぶやくミトラ。
「欲しいわい。カスミを食って生きている訳ではないぞ」
ミトラをベッドに下ろす黒騎士。
「なんだか生臭い話になって来ました」
そのミトラの言葉に、
「なんだかんだ言っても、食費なのよねえ」
と反応する金庫番のジュテリアン。
「私も含め、食べ盛りの女の子ばかりで、大変なのよ」
無意識だと思うが、ジュテリアンはそう言って焼き菓子を三つ頬張った。
ジュテリアンにしては珍しい蛮行だった。
次回「バンガウア、表彰される」(前)に続く
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明日の土曜日は、
第八十話「バンガウア、表彰される」前編、を投稿します。




