「『蛮行の雨』登録せり!」(前)
(どひゃあ! 小っ恥ずかしい。穴を掘ったら入りたい!)
「はいはい。心の声のスイッチ、切ってから言おうね」
ミトラは苦笑した。
お酒も入って気が緩んだのか、ジュテリアンが、
「よしっ! 討伐ギルドに勇者団登録しよう!」
と言いだした。
「アルファンテのギルドには友だちもいるし。即、受け付けてくれるはず!」
「あたしも同じ事考えてたっ!」
と、ミトラ。
(そうだ。この人は、世直しのために野に下った、元・宮廷僧侶)
(すでに幾つものチームを渡り歩いて来たような事を言ってたっけ)
(討伐が仕事なんだ。潰しては乗り換えているんだ。きっと)
「前にも話したけど、勇者はやっぱりパレルレがやってね。頑丈で素早いから」
「勇者は僧侶と同じくらい狙われやすいから、それが良いわね」
ジュテリアンはぼくを見て指を突き付けた。
「頑丈さと素早さが取り柄の金属場違い工芸品殿、我らの盾となりたまえ!」
(ああっ。ぼくが勇者とは、そう言う事だったのかっ?!)
「えっ、そうなの? 狙われやすいの? じゃあ、やっぱりあたしが勇者やろうか。あたしには呪いの防具があるし」
「いいえ、ゴーレムの勇者の方が面白いじゃないの、ミトラ」
「うんうん。やっぱりそうよね」
(「やっぱり」を繰り返すなっ。どこがヤッパリなのか、サッパリ分からないよっ!)
ぼくたちは食事の勢いそのままに、討伐ギルドへ登録に出掛けた。
「討伐団」ではなく、「勇者団・蛮行の雨」の登録である。
ギルドはレンガ造り三階建ての、頑丈そうな建物だった。
ただし、窓が少ない。
室内は、冷んやりしていた。
壁には大きな振り子時計が掛かっていた。
ジュテリアンが懐中時計をスカートのポケットから取り出し、
「よし。だいたい合ってる」
と言ってネジを巻くとすぐに仕舞った。
柱時計は警備隊屯所にもあったが、ギルドの時計の方が信用出来ると言う事か?
建物内を歩く紺色のワンピース姿の人々は、ギルドの事務員のようだ。胸に「アルファンテ」の文字がある。
同じく、紺色の革鎧、金属鎧の男女にも、同じ文字が胸にある。
そのギルドの職員と、冒険者らしい者たちがあちこちで談笑している。
ジュテリアンは、ポニーテールの背の高い受け付け嬢に、
「仲間が早く見つかって、良かったわねえ」
なんて言われてた。
「あの人が友だちかしら?」
と、ミトラがささやいた。たぶん、そうだ。
その受け付けのお嬢さんも、ジュテリアンと同じエルフだった。
袖長のしなやかな赤手甲が印象的な美人だ。
そして、事務員らしき人で、他にそんな手甲をしている人はいなかった。
「明るいのね」
と、ミトラ。
壁のそこここに大きな発光石が埋め込まれていた。
熱放射のない、ただ明るく光っているだけの石だ。
どういう仕組みになっているのか?
テーブルやカウンターには、灯火が灯っている。
こちらは、熱放射がある。
その水泡の多い色ガラスが、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
椅子に座り、あるいは壁を背に立ち、冒険者たちはよく話し、よく笑っていた。
「もっと殺伐としてると思ってた? ミトラ」
と笑うジュテリアン。
「う、うん。あたしがソロの討伐者登録したところは、そうだった」
「そこら辺は、責任者の方針でしょうね。威圧系にするか、友愛系にするか」
「それでそのう、ジュテリアン。下世話な話なんだけど」
「なあに? ミトラ」
「あの受け付けの人も、ジュテリアンと同じエルフじゃないの。幾つぐらいなの?」
「私と同じくらいよ」
「ひゃあ、五百歳?!」
ジュテリアンの歳は聞いていたので、口を押さえて驚くミトラ。
「人間で言ったら、二十代前半にしか見えないのに……」
「ミトラだって、少女にしかみえないわよ。百歳って事だったけど」
「う、うん。百歳なんて、小便臭い小娘だよ、実際。寝小便は八十年前に克服したけど」
討伐団、勇者団には順位があった。
無限級が一番上で、以下、超超級。超特級。特級。上級。中級。下級。下下級。
の八階級だ。
一番下の下下級は、野良の一角犬を捕えるレベルで所得できる、との事だった。
ぼくたちは今日、
「元・討伐団の野盗三人組」と、
「街の嫌われ者なナラズ者二人組」という賞金首を捕らえていた。
お陰で、屯所発行の「討伐証明書」を見せて、「下級」からのスタートとなった。
下級勇者団、「蛮行の雨」の誕生である。
勇者団「蛮行の雨」を登録する時、登録係の男性が、
「本当に勇者団で良いんだな?」
と何度も念押しして来たが、理由はすぐに分かった。
勇者団登録は、討伐団登録の百倍ものお金が必要なのだ。
言ってしまえば、お金で買える「勇者」なのだった。
ミトラが、
「しえぇーーー!」
と奇声を発して驚いたが、元・宮廷僧侶のジュテリアンが、「宮廷で貯めたヘソクリ」を持っていたので、無事に登録出来た。
高額を承知の上で、ジュテリアンは勇者での登録を言い出したのだ。
「くっそ高い!」
と怒るミトラに、
「ギルドの財源のひとつだから」
と、ジュテリアンが慰めた。
チームを解散しても、登録料は戻って来ないそうだ。
アパートの敷金とは違うのだ。
次回「『蛮行の雨』登録せり!」(後)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
「『蛮行の雨』登録せり!」後編は、今日の午後に登録します。
回文ショートショート童話「続・のほほん」も、今日の午後に投稿予定です。
第一部「のほほん」は、111話で完結しています。
よかったら読んでみて下さい。




