「伝説の攻撃杖」(前)
伝説の杖を内包していたと言う大樹は、案外、広い所にあった。
階段を十段ほど上がった台座のような平地にある、公園 (たぶん)の木の一本だった。
今は落雷で破壊され、高さ三メートルほどの幹部分を残すのみだ。
樹齢は推測だが、三千年だそうだ。
つまり杖の仕込みは、三千年以上昔に行われたと言う事だ。
まだユームダイムは、村ですらなかったと言う。
しかし、ニ〜三千年くらいの樹齢はさして珍しくもなく、五千年を超える大樹がゴロゴロしているこの世界では、世界樹認定も御神木認定もされず、台座公園の片隅に佇んでいたのだ。
公園には、使い込まれてスライダー部分がテカテカになっている木製のすべり台とか、ブランコ、さらには鉄棒などがあちこちにあった。
ぼくの居た世界では、「危険」だとかで撤去されつつある遊具たちだ。
砂場の砂には、微小貝が混じっているのが望遠視覚で確認できた。
確かこの辺りは、海から遠い内陸部だ。
どこかの海岸から、はるばる運ばれて来た砂なのだろう。
残った大樹の幹の表皮は凸凹が激しく、そしてとても巨大だった。
直径は十メートル以上に思えた。
見た目は、ぼくの知識で例えて言えば、屋久島の縄文杉のようだ。
写真でしか見た事がない大樹だけど。
地面の上に盛り上がった沢山の根も、まるで大蛇のように畝っている。
そしてそんな幹も根も、二メートルくらいの幅で綺麗にくり抜かれていた。
伝説の杖を引き抜くための、出入り口である。
公園を横切って、大樹の幹から少し離れた所にある大きなテントに向かうゴルポンドさんたち。
「伝説の攻撃杖。受け付け」の幟が立っている。
彼に付いて行く「蛮行の雨」と、その他。
「ゴルポンドさん、再挑戦ですか?」
と、テントの中の兵士が声を掛けてきた。
水色の上下に、紺色の革鎧。
胸に「ユームダイム」の文字がある。
街の警備隊員だ。
「いや、今日は止めておく」
と、手を振るゴルポンドさん。
大剣使いなのに、杖抜きに挑戦したんだ。
「今日は挑戦者と下見に来た。ほら、前に話した『蛮行の雨』だ。オレの言った通り、やって来たぜ」
そう言って、テントの前を横切るゴルポンドさん。
顔パスか?
「ばっ、蛮行の雨?!」
テントの中の、長テーブルの向こうに座っていた三人の隊員が一斉に立ち上がって、立ち去るぼくたちを見た。
「『蛮行の雨』の皆さん。お噂はかねがね!」
ぼくたちの後ろ姿に声を掛ける隊員。
蛮行の三人娘は一斉に、
(どんなウワサだ?)
とでも言いたげに顔を曇らせた。
「伝説の攻撃杖も、引き抜かれる事を信じております」
と、追加の声も飛んで来た。
(『も』と言いおったぞ、『も』と!)
という険しい表情でジュテリアンを睨むフーコツ。
(そんな顔で見られても)
と、視線を返したジュテリアンは、
「どこまで話した?!」
つぶやくように言い、ゴルポンドさんの尻を叩いた。
「いやまあ、ああ見えて彼らは市長直属の近衛兵なので、『謎の黒騎士の真実』は、話してあるんだ」
と、叩かれた尻を嬉しそうに撫でるゴルポンドさん。
「では、市長も知っておるのか?」
と、フーコツ。
「魔王ロピュコロスの被害地域の長は、連合を組んだので、皆、知っておるよ」
と、鼻髭のロウロイドさんが言った。
「クカタバーウ砦と連絡を取ってないようだが、あそこは情報収集に役立つぞ。連絡を入れてやれ、蛮行の雨」
「ご案内しましょう」
一番体格の良かった隊員が、追って来て言った。
「どうぞこちらへ」
と、我々の前に回り込む。
案内する必要もない目の前の巨木に誘う隊員は、職務を忘れて少し浮かれているのだろう。
他の二人は、テントの中に残っている。
「ええ、中は綺麗に刳り貫いてありまして」
と、見たままを述べながら、先頭を切って幹の中に入る隊員。
「ニューノ班長、もう交代ですか?」
刳り貫かれた幹の中にも、隊員が一人立っていた。
「デンス、喜べ。『蛮行の雨』の皆さんが来られた!」
ハイテンションで伝えるニューノ班長。
「うお! 『蛮行の雨』?!」
デンス隊員はそう言うと、女性全員と握手を交わした。
「ゴルポンドさんが、『必ず来るからな』とおっしゃるものですから、今か今かと待ちかねておりました」
蛮行の三人娘に険しい視線で睨まれ、何だか楽しそうなゴルポンドさん。
幹の中に仮天井はなく、三メートルほどのささくれ立った幹の最上部からは、空が見えていた。
床部分に樹木はなく、地面が剥き(む)き出しになっている。
伽藍堂のまま成長したのだろう。
そこに茶色の岩が突き出ており、杖が刺さっていた。
赤と黒の樹皮? が捩れあって、棒状になっている。
「凶々(まがまが)しい色合いね」
ジュテリアンがつぶやいた。
「伝説の名にふさわしい攻撃杖じゃ」
フーコツは嬉しそうに、形の良い真紅の唇を歪めた。
神岩から出ているのは、ミトラの背丈くらいだ。
百五十センチくらい。しかし、どれほど埋もれているのかは、当然の事ながら分からない。
杖のグリップに相当する部分は、フーコツの短杖のようなI字型ではなく、渦を巻いていた。
赤皮と黒皮が織りなす渦のあちこちに、球状らしき水晶が埋まっている。
「こ、これ、大丈夫? 呪いの杖とかじゃないの?」
ミトラが自分の呪いの鎧を棚に上げて、息を呑んだ。
次回「伝説の攻撃杖」(後)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
明日は、「蛮行の雨」第六十九話
「伝説の攻撃杖」後編を投稿します。
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ではまた、明日。




