「『引き潮の海』の新入り」(前)
「加わった新メンバーと言うのは、ロウロイド殿の事であったか、ゴルポンドよ」
「ああ、うん。もう少し内緒にして、後で驚かしてやろうと思っていたのに」
と、苦笑するゴルポンドさん。
「ロウロイド隊長が、『外から黒騎士伝説を広めたいので、協力して欲しい』と言うので、乗ったのさ」
「砦で一緒に魔族を撃退した仲ですからね。細かい説明は不要じゃないですか」
コラーニュさんも、しぶしぶ乗った話ではない表情を見せた。
クカタバーウ砦の元・隊長ロウロイドさん。
やはり予想通りの辞職理由だったようだ。
「それで、黙ってニヤニヤしていたのね」
ジュテリアンはそう言い、
「子供か!」
と、ゴルポンドさんの脇腹を突いた。
身をくねらせて喜ぶゴルポンドさん。
子供だ。
「吾輩らとしても、強い仲間が欲しかったので、利害が一致した感じですかね」
コラーニュさんがうなずきながら言った。
そう言えば、ゴルポンドさんは「真剣勝負なら負けていた」と言ってたっけ。
「クカタバーウ砦に知らせれば、喜ぶのではないか?」
と、フーコツ。
「もう知らせたよ。返事も来た。寄せ書きなんぞが入っててな、励まされたよ」
と、失礼にも苦笑するゴルポンドさん。
「『蛮行の雨』と合流出来た事を知らせれば、なお喜ぶでしょう。今晩には、伝達蜥蜴を砦に飛ばしますよ」
と、コラーニュさん。
廊下で立ち話をする集団に気がつき、喫茶室の隅でロウロイドさんが笑顔を見せた。
喫茶店をぞろぞろと横切るぼくたちに、ロウロイドさんは白い歯を見せて、
「やあやあ、『蛮行の雨』。やっとお出ましか?」
と言った。
いつからユームダイムに居たんだ、この人たちは。
ロウロイドさんは、鼻髭は変わらなかったが、上下の衣服もその上の革鎧も黒になっていた。
「黒の討伐団か? どういう趣向だ、ロウロイド殿」
「おやおや、フーコツさん。お見通しでしょうに。黒騎士様を崇拝する討伐団ですよ、我が『引き潮の海』は」
澄まして答えるロウロイドさん。
「アヤメさん、探索は終わったの?」
ジュテリアンが、同じテーブルで焼き菓子を食べている女忍者に言った。
「それがその……途中で方角が分からなくなっちゃって……」
うつむいた顔に、ジャムの乗った焼き菓子を運ぶくノ一・アヤメ。
おやおや。地図を渡しておいたのに。
でも、迷う時はそんなもんだ。
「街でオロオロしている黒装束の娘さんを見つけてね。もしや迷子のコスプレイヤーでは? と思って声を掛けたのさ」
と、ロウロイドさん。
コップのお茶をひと口、飲んだ。
「そしたら宿はオストーンだと言うので、儂と同じだと知らせて、連れて来たんだ。途中で五人に増えて、驚いたがね」
「ふ、増えた?」
と、ジュテリアン。
「五人?」
と、ミトラ。
「あの、危ない人だったら、すぐに逃げられるように、影分の術で自分を増やしました」
ばっ! と頭を下げ、謝るアヤメさん。
「その節は失礼致しましたっ!」
「へえ。五人も出せるんだ」
ギュネーさんが感嘆の声をあげた。
もちろんぼくたちも、響動めいた。
「いえ、ケッパレば、三十人くらいは……」
頭を下げたついでに口に放り込んだ焼き菓子を、元気にもしゃもしゃしながら訂正するアヤメさん。
「いくらなんでも三十人は吹きすぎじゃろう」
フーコツが怪しんで言った途端、
アヤメさんが喫茶室に、どっ! と現われた。
その数、三十人?
いや、もっと居るように思えた。
皆んなが「わっ!」と驚いている間に、消えたが。
「妖力の消耗が激しいので、お披露目は以上です」
と、額の汗を拭くアヤメさん。
「ええっと、屋台はどこも美味しゅうございました、皆さん」
探索の報告も怠らなかったが、屋台を漁っていて道に迷った事を暗にバラすアヤメさん。
忍術はともかく、案外ポンコツな「くノ一」なのかも知れない。
「で、その焼き菓子とジャムはどんな具合?」
と追い討つジュテリアン。
「あーー。そこの売店で、ロウロイドさんに買って頂きました。柑橘系のジャム、とっても美味しいです」
恥じ入っているのか、「の」の字を書くように焼き菓子にジャムを盛るアヤメさん。
「ここでは話しにくい事もある。儂らの部屋に来てくれんか?」
と、ロウロイドさん。
「そちらがワシらの部屋に来い。人数が多い。ワシらの部屋は五人部屋じゃ。広い方が良かろう?」
と、言うフーコツさんの声で、「蛮行の雨」と「引き潮の海」その他は、ぼくたちの予約した五人部屋に移動した。
二階の「蛮行の雨」の部屋に入るなり、
「狭いな。儂らの部屋と大して変わらんぞ」
と、ロウロイドさんが笑った。
「狭い」は、女性陣全員の気持ちである事は、その目を見れば明らかだった。
三人部屋にベッドを五つ入れたのが丸分かりだったのだ。
「う、うむ。こんな部屋とは、想定外であった。ま、まあ、ベッドは五つある。好きに座ってくれ」
と、フーコツが手で示したが、さすがに男女が同じベッドに座る事はなかった。
次回「『引き潮の海』の新入り」(後)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
明日は、「蛮行の雨」第六十八話、
「『引き潮の海』の新入り」後編を投稿します。




