「宿屋オストーン」(後)
「そうそう、噂の黒騎士様も、一人倒したぞ。余りにも弱かったので、恥をかかせて追っ払った。やりすぎたと、今は反省しているが」
「わあ、こっちでも出たんだ、偽物」
ミトラがはしゃいだ。
だいたい、本物の黒騎士はいないんだから。
「ん? お主たちも黒騎士に出会ったのかい?」
と、コラーニュさん。
「うん。コラーニュさんくらいの背丈の、小っこい黒騎士だった」
と、悪気なくコラーニュさんをディスるミトラ。
コラーニュさんも百八十センチはあるはずだが、一緒にいるゴルポンドさんが優に二メートルを越えているので、確かに小さく見える。
「背丈はコラーニュくらいか。オレが懲らしめたのと同じ黒騎士かも知れないな」
と、ゴルポンドさん。
「大剣を背負って、黒の棍棒を持っていたか?」
「そうそう。おんなじ」
手を打つミトラ。
ぼくらの知る黒騎士は、ゴルポンドさんとの野試合は「引き分け」と吹聴していたようだが、そうではない事がコラーニュさんの話で分かった。
黒騎士は、自分に都合の良い話を作ったんだ。
あいつは、嘘吐きの典型だった訳だ。
「偽物には、魔王ロピュコロス軍に狙われる事は数えたわ」
と、ジュテリアン。
「私たち……じゃなくて、本物の黒騎士さんにとっては、偽物がいるのは有り難いんだけど」
「ありがたい?」
と、ギュネーさん。
「ほら、ロピュコロス軍にしたら、沢山いる中の、どれが伝説の棍棒を持ち去った黒騎士か分からないじゃないの」
と、ジュテリアン。
「謎の黒騎士の出現前から、フルアーマーの赤騎士、青騎士、白騎士、そして黒騎士はいたもんね」
そう言って、ミトラは顎に人さし指を当て、
「迷惑している黒騎士は多いかも知れない」
と、つぶやいた。
「なに。色を黒から他に変えたら良いのじゃ。それなりのこだわりはあるじゃろうが、魔族軍に狙われるよりマシじゃろう?」
「黒騎士様のためには、偽物が沢山いた方が魔王軍が困惑して良いんですね?」
話し合うメンバーの中で、ただひとり黒騎士のカラクリを知らないギュネーさんが言った。
申し訳ない。
早くゴルポンドさんにカラクリを伝えてもらおう。
「だけど、弱すぎる黒騎士とか、イメージダウンになるじゃん?」
ミトラは強さにこだわった。
「『強くて誠実な偽物よ、来たれ!』みたいな?」
と、結論するギュネーさん。
そんな事を話している内に、地味で安いが風呂は広い宿屋オストーン(ゴルポンド談)に着いた。
旅館を、ざっと案内したいそうだ。
「どうぞお嬢さん方」
コラーニュさんが戯けて、二階建てレンガ造りの宿屋の扉を開き、頭を垂れた。
金属板で補強された、木製の大きな扉だった。
「苦しゅうない」
フーコツは「御苦労」という顔で、宿に入った。
玄関ロビーは狭く、すぐに受付台があった。
予約した「蛮行の雨」をジュテリアンが伝え、人数変更も滞りなく進んだ。
部屋は二階だったが、ロビー横の階段は使わず、
「奥に階段がありますから」
と、コラーニュさんが言った。
「こちらが」
と、窓のない、低い壁板に隔てられただけの、故に中が丸見えの部屋を指して、
「食堂です」
と紹介するコラーニュさん。
紹介されるまでもなく、「食堂」の札が付いていたので、分かった。
「そしてこちらが」
と、今度は反対側の部屋を指すコラーニュさん。
食堂の向かいは、壁は天井まであったが窓が大きく、同じように中が丸見えだった。
「喫茶室」の札が掛かっている。
「喫茶室です。売店も隣接しており……、あれ? ロウロイドさん?!」
と、言って歩みを止めるコラーニュさん。
喫茶室の隅のテーブルには、懐かしい鼻髭のオヤジが座っていた。
クカタバーウ砦の、元・隊長さんだ。
「黒騎士で行こう!」と言い出した張本人である。
「ああ、ロウロイドだ。もう帰ってたんだ」
と、ゴルポンドさんが言った。
まるで仲間を見るような、いや、仲間なのだろうが。
「一緒にいる黒装束の女の子は誰だ? ロウロイド、あんな趣味だっけ?」
「あれは、あの黒装束は、ウチのくノ一です」
と、ジュテリアンが答えた。
「くノ一? 『あばれ旅カゲマル漫遊記』か?!」
と、ゴルポンドさんは、件の物語の名を出した。
あんがい読まれている本なんだ……。
そしてアヤメさん。
さすが「くノ一」と言うべきか、ぼくらの知り合いと、もはや談笑している。
驚くべき有能さだ。
「手の早いくノ一だのう」
と、フーコツ。
「渋好みなんですかね?」
鼻髭オヤジ、ロウロイドさんの事だろう。
感心した様子で、ギュネーさんがつぶやいた。
「オレもそうだけど」と。
次回「引き潮の海の新入り」(前)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
次回、第六十八話「『引き潮の海』の新入り」前編は、明日の土曜日に投稿します。
新しい仲間も良いけど、昔の仲間も良いですよね。
しかし、ゴルポンドたち、日数的にはさほど古くもなかった……。
書いても書いても、日にちが過ぎゆかない。
いつか、ぽーーーん! と飛ばしてやる!




