「宿屋オストーン」(前)
ギュネーさんのその声を耳にして、
「う。ずいぶん大袈裟に伝わっているようだが、オレが倒したのは、ただの黒種のヌイサウラーだからな」
と、訂正するゴルポンドさん。
ぼくたちは知っている事だ。
ギュネーさんという、知らない顔があったので、わざわざ発言したのだろう。
「……奥ゆかしい……」
思い込みを強めるギュネーさん。
「お嬢さん方、宿屋はどこだい? この道の先にはオストーンって名の宿があるが」
「うん。予約したのは、そのオストーンだよ」
と、ミトラ。
「ほらな」
と言って横のコラーニュさんを見下ろすゴルポンドさん。
「オレたちも同じ宿だよ。『蛮行の雨』が泊まりそうな宿だったんでな」
「えっ? ななななんでそんな事が分かるのよ」
と目を剥くミトラ。
「ほれ。クカタバーウ砦で、表通りから外れた地味で安い宿に泊まったろう? ただ、風呂は広い」
「そ、そんな程度で?」
驚き続けるミトラ。
「ワシらの行動は、何と分かりやすい事であろうか」
フーコツが笑った。
「当てずっぽうですよ。気にしないで下さい」
コラーニュさんも笑った。
「伝説を引き抜くのを見せてもらうよ」
歩き出しながら、ゴルポンドさんが言った。
釣られて歩き始めるぼくら。
「引っこ抜けるとは決まってないよ」
と、ミトラ。
「うむ。そんな事を決めつけられては困る」
と、フーコツ。
「今まですでに一万を越える人型が引き抜きにチャレンジしたが、全員、失敗している」
と、ゴルポンドさん。
きっと多くの、腕に覚えのあるオーガ、エルフ、ドワーフ、そして人間が挑戦したのだろう。
ゴーレムにも、やらせたかも知れない。
「クカタバーウ砦の棍棒も、ミトラさむにゃむにゃ黒騎士が引っこ抜くまで、千年以上も刺さったままだったんだろう? おいそれと抜けるものか」
ゴルポンドさんの発言に、
「千年前に、突然現れたんですか? 砦の棍棒は」
と、ぼくは質問した。
「千年前に、見つかったのじゃ。街道を作り、砦を建てておってのう」
フーコツさんが説明してくれた。
では、まだ発見されていない伝説も多いと言う事だ、とぼくは思った。
「じゃあ、行列も大変かしら?」
と、ジュテリアン。
「新発見の攻撃杖ですからね。しかし、反動が大きい事が分かって、今は列も落ち着いてますよ」
と、コラーニュさん。
「反動があるの? なに? どんなの?」
興味津々の様子で、ミトラが言った。
「後で杖の所まで行くだろ? その時に話すよ」
「ところでゴルポンドよ。ワシらを待っておったのは良いが、その間、宿代はどうしておったのだ?」
「なに、クカタバーウ砦の戦闘が大袈裟に伝わっているからな。それを利用して、今は討伐ギルドの用心棒代で、宿代をひねり出しているのさ」
「ギルドの用心棒?!」
素直に驚くギュネーさん。
「超特級」の上の「超超級」や「無限級」も訪れる場所だ。
ぼくも驚いた。
「ギルドも、ゴルポンドを雇う事で箔が付くと思ったんじゃないかな? 黒騎士の次に活躍が吹聴されているようだから」
と、コラーニュさん。
「時々、試合を申し込まれてますよ。今の所、ゴルポンドは全勝していますけどね」
「そりゃあ、ゴルポンドさんを倒したら、ゴルポンドさんが退治した黒の火吹き大大大蜥蜴よりも自分が強いって事になっちゃうもんねえ。自慢になるじゃん!」
ミトラは無邪気に笑った。
「倒すのにはミトラさんに随分助けてもらったのに、噂ではバッサリ略されて……、困った話だ、全く」
「気にせず利用しておれば良かろう。都合の良いウワサはな。それにしても全勝とは、超超級とかおらなんだのか?」
「いたよ。試合だから勝てたが、真剣勝負だったら負けていたな、超超級には。他にも、オレと同じ『超特級』で、バカ強いのがいた。その超特級が、オレらのチームに入ってくれたんだよ」
と言ってニヤニヤし始めるゴルポンドさん。
「ああ、黒の衣装に統一しようと言った人ね」
と、ジュテリアン。
「何をニヤニヤしているのだ、ゴルポンド殿」
気になるのか、フーコツが突っ込んだ。
「いやなに、強い人に入団してもらって嬉しいのさ」
そう言って、ゴルポンドさんは声を出して笑った。
コラーニュさんは、
「仕方のない奴」
と言う顔でうつむいていた。
次回「宿屋オストーン」(後)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
個人的に好調に書いている「蛮行の雨」。
時々、昔のエピソードに手を加えているので、「そうだったっけ?」と引っかかる部分がたまにあるかも?
なるべく気にしないで下さい。
明日の金曜日は、
第六十七話「宿屋オストーン」後編を投稿します。




