「ユームダイム」(前)
ユームダイムの石壁は、目の前だった。
まだ昼下がりだ。
ランランカ忍者団と一悶着あったのに、早い到着で助かった。
ユームダイムは、低山がひとつ丸ごと都市になっているそうだ。
いわゆる小山城郭都市である。
二層の高い石壁が、都市をぐるりと囲んでいるのだ。
石壁の向こう側は山なので、都市の中核らしい美しい建築物が頂上に幾つもそびえているのが麓から見える。
「地上からの攻撃は、二層の石壁が阻むとして、街の中心部が剥き出しじゃないですか、先生」
ギュネーさんが、目の前にそびえる小山都市を指して言った。
「空から飛行竜で襲われたら、脆いような気がします」
「街の中のあちこちに見える丸屋根の黒い小屋は、地対空設備かも知れんぞ、ギュネーよ」
と、フーコツ。
「あるいは、あれらドームは全て偽物であり、本物の地対空設備は何処ぞに巧妙に隠されておるのやも知れん」
「あっ、あの頂上の華奢な建築物は、実は地対空設備かも知れないと?!」
「あ? う、うん。そういう可能性もあるかも知れんな」
「さすがはフーコツ先生。素晴らしい洞察力!」
と、瞳を輝かせるギュネーさん。
「でも頂上からの攻撃では、投石でも火球でも、自分たちの街も破壊してしまうのでは?!」
「うむ。まさに、『お肉を斬らせて、骨を断つ!』サブロー語録を地でイっておるのじゃ」
「なるほど〜〜」
(なんなんだ、この二人は?!)
という目で、他の女性陣がフーコツとギュネーさんを見ていた。
ユームダイムの検問所を前にして、街の宿と討伐ギルドには「女性五人と荷物持ちのゴーレム一台」という連絡を入れていたので、メリオーレスさんが躊躇し始めた。
六人目のアヤメさんの加入は、つい先ほど。
最終連絡の、ずっと後だったからだ。
「どう説明しようかしら? 街に連絡を入れたのは、五人だから。正直に話すと、返って疑われる気がするし」
幌馬車を停めて思案するメリオーレスさん。
転生官ランランカとの戦いは、確かに話をややこしくする気がした。
「じゃあ、暗遁の術で、パレルレさんの影にでも隠れましょうか?」
あっさりと言い、幌の影の中だが、ぼくの足元に溶け込むアヤメさん。
「ギョッ?!」
と言って目を剥く女性陣。
ギュネーさんも振り向いていたのでアヤメさんの暗遁の術を見てしまうが、
「検問所でチェックされていない人が、後で街で見つかるのはさらにヤバいです。当たって砕けてみます」
と、無難なようなヤバいような所に話を落ち着かせるメリオーレスさん。
「そうですか」
残念そうな声と共に、ぼくの足元からニョロリと出てくるアヤメさん。
ぼくたちの心配を他所に、女性六人とゴーレム一台を載せた幌馬車は、すんなりとユームダイムの検問所を越えた。
事前に連絡を入れていたので、女性が一人くらい増えていても問題にならなかったようだ。
案外、いい加減で助かった。
「それじゃこの辺で、一旦、お別れね。わたしは討伐ギルドに行って、交代の手続きをしないといけないから」
ぼくたちを下ろすと、御者だけを載せた幌馬車は、街の奥へと去って行った。
馬車と馬糞と馬糞業者は、今まで見てきた街で一番盛況だった。
そして林立する建築物。
建物はレンガ造りの二、三階建てが多かった。
壁は明るく彩られており、窓も大きい。
ドワーフの惜しげないガラス工房技術の賜物だ。
外光が差す明るい室内は、もはや王族や貴族の専売特許ではないのだ。
まあ、ドワーフの鍛治や工芸技術、そして議会民主制を忌忌しく思っている選民主義者たちは多かろうが。
そして彼らがドワーフの迫害を企てようものなら、それはそのまま人々に反撃され、民主化へと雪崩れ込むと思う。
早くそうなれば良いとも思う。
いつかは来る「必至」だ。
ぼくの居た世界の歴史が、それを明らかにしている。
避けられない流血かも知れない。
「さすがはユーム大僧侶降臨の地。街並みが立派ねえ」
僧侶ジュテリアンが感嘆の声を上げた。
ユーム大僧侶への敬慕の念がありありと分かる声だった。
掲げた「男女平等」「女性の勉学」は時代的に早過ぎたのか、大僧侶は暗殺されたそうだが。
「では、あたいもそろそろ探索に」
と、アヤメさんが言い出したので、検問所でもらった街の地図を渡した。
ぼくたちの宿泊する宿には、丸印を付けてある。
「あっ。ありがとうございます」
地図を受け取り、黒頭巾は怪しすぎると言われ、脱いで首に巻くアヤメさん。
青い癖毛の髪を陽の下に晒した。
若い見た目のお嬢さんだ。
声からして、若いと思っていたが、ブギウギしたいハイティーンと言ったところか?
薄い唇と、青い瞳に切れ長の目が笑って、
「行ってまいります!」と言った。
たたたたた!
と、一本線の足跡を残して走り去るくノ一、アヤメ。
「えーー! あの走り方、忍者がバレバレにならない?」
と、ジュテリアン。
「本物の忍者は、バレバレな走り方はしない。あれは物語の中の相棒、トンベーが砂浜で見せた走法だ」
キッパリと言うギュネーさん。
「『あばれ旅カゲマル漫遊記』……。そう言えば、隠れ里の忍者が、里の証である刺青を額にしているという間の抜けた描写も……」
感慨深げにつぶやくミトラだった。
次回「ユームダイム」(後)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
次回、第六十六話「ユームダイム」後編は、明日の日曜日の午前中に投稿します。
本日午後からは、「新・ビキラ外伝」の投稿になるかと思われます。
ではまた、お昼以降に。




