「くノ一、アヤメ」(前)
「忍術?! あの岩隠れなど、化けるところを見ていなければ、本物の岩と信じて疑わなかったぞ」
感心しきりのフーコツであった。
女性と思しき黒装束からクナイを奪ったギュネーさんは、その諸刃を曲者の首に当て、
「とっと引き上げろ。さもないと、この女を殺すぞ」
と、脅した。
顔は黒頭巾で分からないが、下半身はショートパンツに網タイツ。足には黒足袋。
上着は半袖の下に長袖の鎖帷子。手には手甲。
そして胸の膨らみ。女性で間違いないだろう。
黒頭巾から出ている切れ長の意思の強そうな目が、屈辱に歪んでいる。
フーコツさんが「追っ払う」ように言ったので、ギュネーさんは忍者どもを殺さずに倒していたのだ。
「うぬ。卑怯な!」
杖を前に突き出すも、何もしないおじさん仮面のランランカ。
「わたしの部下を離せ!」
「離したら、その杖で何かしましょうが、アナタは」
ギュネーさんは、女忍者の喉に当てたクナイを、ノコギリを引くように左右に動かした。
「ゴーレム盗賊ども、このまま立ち去れば殺しはしない。それとも此奴の血を見たいのかしら?」
ギュネーさんの言葉を「本気」と受け取ったのだろう、部下思い(たぶん)のランランカは、ヨレヨレの黒装束たちと共に去って行った。
「やれやれ。まだパレルレの再転生を諦めていなかったのね、あの転生の女神」
と、ミトラ。
「さささ再転生?!」
声を裏返すギュネーさん。
「あの白衣の頭領、転生の女神だったんですか?」
「そうなのよ。シツコイのよ、あの女神」
と、さらに説明するミトラ。
「ひえっ?!」
と小さく叫んでキョドリ始めるギュネーさん。
「オ、オレの転生に何か支障が出るのでは?!」
「転生など、断ってしまえば良いのだ。ギュネーよ」
「あっ、そうですね、先生。そうします。転生なんか、断るっ!」
ギュネーさんの心配事は早々に解決した。
「で、この女忍者は、どうしますか?」
人質の女忍者の首にクナイを当てたまま、ギュネーさんが言った。
「あのう、『くノ一』と呼んで下さい」
網タイツの足をくねらせながら、青い瞳の女忍者が言った。
「そうだ、忍法を使う女忍者は『くノ一』と言うのだった」
と、フーコツ。
「あなた、どうしてあんなスカタン女神の部下に?」
と、ジュテリアン。
「はい。『忍者の跋扈する戦国時代へ転生させてあげるから』と言う約束で」
と、ストレートに答える女忍者。
えっ? と言う事は、この女も死んで「転生の空間」に行ったのか?
「あーー。忍者に憧れておるのか?」
と、フーコツ。
「まあ、分からんでもないが」
な、何で「転生」に突っ込まないんだ、フーコツ。
「いえ、『くノ一』に憧れて……」
と、少し訂正する女忍者。
「では、この世界でそのまま抜け忍になれば良いではないか」
フーコツが、あっさりと言った。
ああ。「転生」の話が流れてゆく……。
「お主の首にクナイを当てておる者は、『抜けアマゾネス』ぞ」
「ぬおお。抜け忍?! 闇に生き、闇に追われる者っ!」
くノ一の中の何かのスイッチが入ったようだった。
黒頭巾から出ている青き瞳に、燃え上がる炎が宿った。
「抜け忍人生も捨てたものではないと思うぞ」
と、無責任を絵に描いたような発言をするフーコツ。
もういいや。「転生」の話は。
なんか「抜け忍」で盛り上がっているし。
「あなた、お名前は?」
とメリオーレスさん。
「ランランカ七人衆。『くノ一 零号』です」
「そ、それは名前じゃないよ」
と、ミトラ。
「パレルレどう思う?」
「『アヤメ』はどうかな? カキツバタでも良いけど」
と、テキトーな返事をしたら、
「カキツバッタは嫌です。アヤメで」
と零号さんに肯定されてしまった。
「じゃあ、アヤメさん。抜け者同士、頑張りましょう」
ギュネーさんが、クナイをアヤメさんの首から離して握手を求めた。
差し出されたギュネーさんの手を握り返し、
「はい、頑張ります! 抜けアマゾネスさん」
と、元気良く言う、くノ一零号あらためアヤメさん。
返してもらったクナイを懐に仕舞った。
「ギュネーって呼んでね」
「はい、ギュネー殿!」
そう言って、黒頭巾を手で触りながら、アヤメさんは、
「あのう、忍者なので、顔をら晒すのは、またの機会に。今後の隠密行動に差し障るといけませんので」
と言った。
と言う言葉は、今後、「隠密活動を行う」との宣言か?!
次回「くノ一、アヤメ」(後)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
明日の金曜日は、第六十五話、
「くノ一、アヤメ」後編を投稿します。




