「暗示師ディルダの犯罪」(後)
次にバルバトで泊まった宿屋、ミエスに向かい、そこでは一本眉のロームさんを拾った。
幌馬車を追って走るぼく。
馬車は、街の警備隊屯所へ向かっている。
その道中で、奇岩の原野での出来事を、ロームさんやフェミーナさんに話していた。
例によって、ぼくは聴覚器を強化して盗み聞きしたのだ。
「街の誰かが殺されたかも知れない」
という、フーコツの推測話に色めき立つロームさんたち。
乗り気になってくれたのは、助かった。
余所者ではないロームさんや、アマゾネス三人娘の口添えもあって、屯所の警備員たちは嫌な顔をしつつも、ぼくらの話を聞いてくれた。
証拠の品と言ってはなんだが、小物の入った袋を開けて見せると、ロームさんが指をさして、
「あっ、こりゃあアルテロイテ爺さんの首飾りじゃねえか?」
と、声を上げた。
「ああ。確かに爺さんがいつも首から下げていたもんだ」 と、警備隊の幾人かが肯定した。
「あの、失礼なんだけど」
と、ミトラ。
「高価そうには見えないんだけど、ひょっとして貴重な宝石が使われているの?」
本当に、なかなか失礼で危ない質問だった。
「いや、石は安物だよ。思い出としては貴重だと思うが」
と、ロームさんが答えた。
そのネックレスは、先立ってしまった奥さんの形見として、お爺さんがいつも首から下げていたと言う。
「……これはヤバい……」
という空気が屯所に流れた。
ぼくが、抱えていた麻袋を開げて、暗示師ディルダの首実検をしてもらうと、
「灰色ローブの平凡な旅人」
として屯所の人たちの記憶に残っていた。
ほんの二、三日前に、ふらりと街にやって来て、いつの間にかいなくなったと言う。
そしてネックレスの持ち主、アルテロイテ爺さんは、街はずれに住む独居老人で、放浪癖もあって、十日くらい姿が見えなくても誰も気にする人は居なかったそうだ。
屯所からも馬車を出し、二台でアルテロイテ爺さんの家に急いだ。
道中、ロームさんは、
「ヤバい、ヤバい」
を唱え続けていた。
やがて、雑木林と細流に挟まれた茶色の家の前で馬車は止まった。
街灯も人家も近くにない、寂しい場所だった。
「爺さん!」
そう叫んで、真っ先に駆け込んだのはロームさんだった。
鍵は掛かっていなかった。
二階建てだったが大して広くもなく、天井裏から戸棚、床下収納庫まで、家探しはすぐに終わった。
だが、お爺さんの姿は見当たらない。
「いつもの放浪じゃないのか?」
と言い出す若い屯所隊員もいたが、
「お前はあのネックレスを知らんのか? もっと探すぞ!」
と、古参らしい隊員が指示した。
「ワシなら、庭の隅に埋める」
と言ったフーコツの予想は、はずれた。
穴を掘る労力など考えない奴だったのだ。
裏庭にある井戸の中から、アルテロイテ爺さんの遺体が見つかった。
「最悪かよ」
と肩を落とす屯所の隊員たち。
「惨たらしい。安安と殺すのではなかった」
フーコツは悔しがった。
「ネックレスは爺さんの元に戻ったが、他の小物は持ち主を見つけるのが難しいかも知れん。出来るだけの捜索はするが」
と語る古参隊員。
「あんたらが生かして連れてくりゃ、過去の犯罪も吐かせられたんだ」
と、件の若い隊員がまた吠えたので、
「お主は暗示師と戦っておらんから、そのような気楽な事が言えるのだ。黙っておれ」
と、フーコツか叱った。
「なんだと!」
と若者は息巻いたが、また古参隊員が、
「我々は奴をこの街で見掛けながら、見逃している。偉そうな事を言う資格はない」
と言って黙らせた。
「我々のような旅人を狙うのなら分かりますが、奴は街の中でも犯罪を犯しています。根気よく調べれば分かる事も多いかと思います」
ジュテリアンが作為的に色気を振り撒きながら言った。
ギスギスしていた空気が和んでゆくのが分かった。
恐るべし豊乳な美人。
自覚して男どもを納めにかかるのが、なお怖い。
「あれか? 背徳依存症?!」
とメリオーレスさん。
「いや、病気のせいにしてはいかんが」
病気だとしたら、末期だろう。
物欲で人を殺しているんだから。たぶん何人も。
「おそらくだが、犯人の分からなかった殺人事件が、奪われた小物類から解決するのではないか?」
と、フーコツ。
「そうだな。近在の、未解決の殺人事件から当たってみるか」
古参隊員が言い、他の隊員がうなづいた。
これで、近在の余所者へのチェックが厳しくなるのは間違いないだろう。
「流れ者とはそういう奴だ」
という人々の印象を、現実のものとした事件だからだ。
同じ事を考えていたのだろう、
「自分で自分の首を絞めちゃった?」
と、ミトラが苦笑した。
次回「火吹きトカゲ、怒る!」(前)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
「蛮行の雨」来週も、木曜日〜日曜日に投稿します。
本日、午後からは、「続・のほほん」か、「新・ビキラ外伝」を投稿予定しています。
曇りや雨が続いて、スーパームーンとアトラス彗星は去って行った。
彗星は、また八万年後によろしく。だったっけ?




