「フーコツVS旅人ディルダ」(前)
「時間停止!」
旅人ディルダは、俗な言葉を吐いた。
「なるほど。暗示に掛けるための説法であったか」
フーコツが言った。
「誰でも持っていそうな概念に目を付けたのは褒めてやろう」
「きっ、貴様なぜ動ける?!」
素直に叫ぶディルダ。
動けるのは自分だけ、のはずだったのだろう。
「時間なんぞ、もともと存在せんのだから、止めようがなかろう」
しゃあしゃあと言うフーコツ。
しかし、ミトラ、ジュテリアン、メリオーレスさん、そしてギュネーさんは動かなくなってしまった。
「ぼくも動けます」
間が抜けているとは思ったが、手を上げて発言した。
「さすがは場違い工芸品。暗示に掛からず何よりだ」
だが、動かなくなった仲間を見て、
「やれやれ。暗示に弱い連中だ。もっとも、ワシの忠告も遅すぎたがな」
と、つぶやくフーコツ。
「捕まえるのなら、暗示に掛かったフリをして、相手が油断して近づくのを待っても良かったのでは?」
と、ぼくが言うと、
「奴の目的はお主だからな。用のないワシらに何をするか分からんので、じっとしているのが怖かったのだ」
とフーコツは答え、ホルスターから攻撃杖を抜いた。
「ええっと、時間は人間が便宜上、作り出した概念に過ぎないですから」
確かぼくの居た世界の、アインシュタインという理論物理学者が、そんな事を言っていたように思う。
「お主、時間を止めたと言うが、どのレベルで止めたのだ?」
と笑うフーコツ。
「この世界の時間か? それとも全宇宙の時間をか?」
「この、母なる星の時間を止めた!」
大宇宙と言うと、「ハッタリが過ぎる」と思ったのだろう。
ディルダはそうやって墓穴を掘った。
「ならばこの、麗らかな日差しはおかしかろう。お主の言う母なる星は、太陽の恩恵を外れ、終焉に向かって、真っしぐらに突き進んでおらねばならぬぞ」
と、フーコツ。
星の時間が止まったのなら、自転を止め公転を止め、銀河の自転からも、宇宙の膨張からも外れ、生命可能領域を離れるだろう、という、物理法則からの逸脱。
完全停止の話だ。
「もっと現実的な話をすれば、時間が止まったのなら、空気も光も止まらねばなるまい?」
両手を広げ、身体を捻るフーコツ。
「停止した空気と光に包まれておる我々が、動けるのは不可能なのだ」
「ワレは時間の外に生きているのだ!」
慌てた様子で叫ぶディルダ。
「だからお主が時間の外に生きていても、動かぬ空気は呼吸をさせぬし、停止した光は、お主から視覚を奪うぞ」
生き物は皆、物体に当たった光の反射を目でとらえて、モノを見ているからだ。
そんな理屈を吐くまでもなく、周囲から鳥のさえずりが聞こえ、草は風にそよいでいる。
「ギュネーたちは、『時間の流れの中で生きている』という錯覚に囚われておったから、『時間を止めた』と聞いて、動けなくなってしまい、あのような醜態を晒す羽目になった。後でよく注意してやろう」
「この、傀儡術を用いたトリックに掛からぬ者など殆どおらん。どうだ、そこの女、ワレと組んで面白可笑しく暮らしてみんか?」
と言う旅人ディルダには、焦りが見えた。
「ほほう。術に掛からぬ者には、そういう甘言で油断をさせ、殺害してきたか?」
ズバリと言うフーコツ。
「そ、そんな事はせん!」
していても、肯定できない所だ。
「術を掛けた者は須らく、命を奪って来たであろうが。お主のような存在は聞いた事がないからのう」
短杖の先を、トンボ取りの要領で回すフーコツ。
「そうして自分の存在を隠して来たはずだ」
「何を根拠にそのような妄言を言うか?!」
「ワシがお主の立場なら、そうするからじゃ」
(どっちも極悪人か?!)
ぼくはゴクリと潤滑油を呑んだ。
「認識する者が全くいない、極悪非道な存在だ。分類は『外道魔』で良かろう。ディルダとやら、うぬは一体なにを止めたと言うのだ」
旅人ディルダが険しい顔をして杖をこちらに向けようとした瞬間、ミトラ、ジュテリアン、メリオーレスさん、ギュネーさん、そしてフーコツの前に銀色の盾が出現した。
フーコツの仕業だ。
ほぼ同時に、フーコツ以外の者、ぼくを含む五人の前に二層の青色盾も発現した。
サブブレインの仕業だ。
「ワシならば、『動けば仲間を殺す』と言っているところだか、ウヌは何が言いたかったのかな?」
フーコツはゴーグルの奥で目を細めた。
「先ほどから黙っておるが、足掻いた方が良いぞ。ワシはウヌを殺すからな。何もせずに死ぬのは悔しかろうが」
「ま、待て! ワレは盗みは働いたが、人は殺しておらんぞ」
腰を引いて叫ぶディルダ。
「ウヌは誰を相手に話をしていると思っているのだ。ワシは妖魔アマンジャクと人間との間に生まれた半妖だ。多少はヒトの心を読めるのだぞ」
「なっ?! 戯けた事を!」
顔面を引き攣らせる旅人ディルダ。
ぼくも人間の身体なら、目を剥いて驚いていただろう。
次回「フーコツVS旅人ディルダ」(後)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
明日の金曜日は、「蛮行の雨」、
第五十九話「フーコツVS旅人ディルダ」後編を投稿します。
午後からは、「続・のほほん」か、「新・ビキラ外伝」を投稿する予定です。
今日は天気が良いので、またアトラス彗星を見に海岸に行きたい。
まだ見ておりませんのでw




