「強化される盾」(後)
「今、持っているお金をお渡しします」
ジュテリアンはそう言い、ぼくを呼んだ。
「私の預けた宮廷金貨を全部出して頂戴、パレルレ」
ぼくは屈んで、小さな収納庫を出した。
抑制用のアームを外し、袋に入れられた物を幾つも繰り返し取り出してカウンターに広げた。
「今の私のほとんど全財産です」
と、ジュテリアン。
「げげげっ。こ、これは古代ムン帝国の宮廷金貨?!」
袋を開き、目と手をおっ広げるお婆さん。
それは、ぼくの世界で例えて言えば、一枚一枚がオリンピックの金メダルほどの大きさがあった。
「な、何枚あるんだい? 相場が狂っちまうよ?!」
おろおろし始めるお婆さん。
「足りるでしょうか?」
「通貨価値で言うと、全然足りないけど、阿呆な好事家は全世界に居るからね。充分さね」
「ああ、しかし、一度に市場に出すと価値が下がっちまう」
とか、
「これで娘や孫や玄孫、来孫、昆孫たちに不自由させなくて済む」
とか、
「まさかこの護符を売る時が来るなんて」
などとぶつぶつ言い始め、ついに婆さんは、
「店の商品価値が半分になっちまったよ、お爺さん!」
と両手を組んで天井を仰いだ。
「お爺さん、二階にいらっしゃるんですか?」
とたずねるジュテリアン言葉に、
「いや、とっくにあの世に行っちまったよ。人生を護符作りに捧げてさあ」
と答えるお婆さん。
「えっ? 遺品?! 買っちゃって良いの?」
ミトラが心配そうに言った。
「いいんだよ。護符なんて、使われなきゃ意味がないんだから。私が思い出に囚われていただけさね」
「大した匠人だが、お爺さんの名はなんと申されるか?」
と、フーコツ。
「シュピールのデッテス」
と、短くお婆さん。
「うっ。申し訳ない。分からぬ」
「ふん。趣味に生涯を注ぎ込んだ、だだの道楽者さね」
お婆さんは、断言した。
そして護符の効果を確かめるために、再び外に出るぼくら。
外はもはや黄昏れが深まっており、ぼくは前照灯、制動灯などを点灯させた。
突然の明かりに驚いて、声を漏らすロームさんとお婆さん。
石灯籠たちの何倍も強い照射光だ。
「大丈夫、大丈夫。ただの明かりだから」
メリオーレスさんがロームさんの腕を掴んだ。
「わたしも初めてパレルレの光る下半身を見た時は、チビりそうになったわ」
そんな明かりの中、手足が生え、近づいて来る石灯籠型ゴーレム。
「ああ、気にしなくて良いよ。商品が販売前に店を出たから、反応しただけさ。まだ襲っちゃ来ないから」
だそうだった。
護符を身に付けたミトラの紫色の盾は、三層から五層に増えていた。
卍に変化させて空に飛ばすと、恐ろしい速度で上昇して行った。
そして闇の虚空に美しく爆散する。
「卍の自爆の前に、変な音がしなかった?」
と、ミトラが言った。
「空気の壁を破った音であろうよ。のう、パレルレ」
と、フーコツが応じた。
「たぶん、そうだ」
と、ぼく。
フーコツの言った「空気の壁」とは、物体が音速を超えた時に生じる爆音の事だろう。
なんで知ってるのかは、この際、横に置く。
古代ムン帝国文明にも、詳しいフシがある。
なにせ、「人ではない何か」な人だ。
あっ、ヒト、って言っちゃったけど。
「随分速くなっちゃったなあ」
嬉しそうに言うミトラ。
「敵にダメージを与える場合、速度と質量は大切な要素だ。これは素晴らしい」
と言ったのはメリオーレスさんだ。
ジュテリアン、フーコツの盾も、三層から五層に増えていた。
そして卍に変化させる。
卍のスピードも、ミトラに負けずにアップしていた。
同じように虚空高く舞い上げ、爆発させる。
「おそらく自爆エナジーも増幅しておるな」
虚空を見上げてフーコツが呟いた。
「んで、疲労も大きくなったね」
と、ミトラが溜め息を吐いた。
ぼくの青色の盾は、二層から十層に増加していた。
どどどどどっ!
とばかりにぼくの前面に出現した盾の群れ。
「なんの相乗効果だいっ?!」
と驚くお婆さん。
「卍に変化しそうか?」
と、フーコツ。
「ま、まんじ? いや、全然分かんない」
と、正直にぼく。
ここは、「もうちょっとで」とか、カマしておく所だったのだろうか?
「そうか。しかし、大幅に強化されて良かったな、パレルレ」
フーコツは、二層しか出せないぼくの光の盾を気にしていたのか、そんな事を言った。
最後に、メリオーレスさんが黄金色の盾を五枚、発現させた。
「わお!」
と言って笑顔になるメリオーレスさん。
さほどでもないらしい緑色が二層だけだったんだから、大強化だと思う。
「うむ。お前さんは、そんなもんじゃろう」
蛮行の雨の大強化を見た後で、感覚がマヒしているのだろう、お婆さんは、興味がなさそうに言った。
次回「破壊される強化盾」(前)に続く
お読みくださった方、ありがとうございます。
第五十二話「破壊される盾」前編は、明日の土曜日に投稿します。
後編は、明後日の日曜日に投稿予定です。
本日、午後には「新・ビキラ外伝」を三時前後に投稿予定です。
良かったら、読んでみて下さい。




