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幸せを壊された日


「真央起きなさーい」


 いつもの呼び声と共に目が覚めた俺 《黒羽真央(くろはまお)》はベッドから起きて良い匂いが漂うダイニングへ向かう。

 キッチンにはエプロンをかけた掛けた母さん 《黒羽晴香(くろははるか)》の見慣れた後ろ姿が見えた。

 

「おはよう.......あれ、もしかして今日の朝ご飯は......」


「おっ、分かる? 今日は真央の好きなオムラ〜イス♪」


 俺が座るテーブルに出されたのは半熟の卵がチキンライスの上に乗せられケチャップが掛けられた大盛りのオムライスだった。


「やったぜ! ウチは貧乏なのに今日は朝からオムライスなんて贅沢な......ありがとう神様っ!」


「まったく......オムライスくらいで大袈裟ね。早く食べて学校に行きなさい」


「うん! あれ、母さんの分は?」


「母さんは大丈夫。もう先に食べたからね」


「そっか......じゃあいただきます!」


 皿に盛られたオムライスをバクバクと食べる。

 やっぱり母さんの作るオムライスが一番だな。

 口いっぱいに頬張っていると母さんがニヤニヤしていた。


「ふふっ、真央がそうやってハムスターみたいに食べてる姿が一番癒されるよ」


「やめろよ恥ずかしい。俺はもう中3で絶賛反抗期なんだぜ? そのうち外で飯食って朝帰りするようになるかもよ」


「何を言ってんだか......でもまあそれも成長よね。私は甘えん坊だったアンタがどんなお嫁さんを連れてくるのか楽しみにしてんだから、早く彼女の1人くらい連れてきてよ? アンタがガチの反抗期迎えるよりも先にお嫁さん迎えて欲しいわ」


「結婚なんて話が飛躍しすぎだよ。ていうか母さんこそ彼氏作れば? 一応世間的にはまだ若い歳なんだし......」



 俺は母さんと現在2人暮らしで、父親とは俺が物心つく前に離婚し父親の親戚ともそれがキッカケで縁が切れた。

 母親の親族については繋がりがあったのは母の兄と再婚した若い奥さんだけだった。

 しかしその兄さんは2年前に病気で亡くなり奥さんだけが俺達にとって実質の親族と呼べる人だったので、俺達は辛い時も楽しい時も誰にも頼らず文字通り2人だけで力を合わせて暮らしてきた。

 その上母さんは若くして俺を産んで碌に青春を送れず苦労してきたので、そろそろ彼氏の1人や2人くらい作って欲しいという想いから出たセリフだった━━。



「一応って何よ、私は彼氏なんて作ってる暇ないしアンタの成長を見るのが私の生き甲斐なの。お子ちゃまはそんな事に気を遣わなくて良いから」



「そうかよ。でもまあ少しは自分の事を考えることが出来るように俺は勉強を頑張るさ。じゃあごちそうさま」



 朝から好物を食べれた事と中学生という成長期だからかあっという間に食べ終わってしまった。



「あー美味しかったー。じゃあ行ってきます!」


「いってらっしゃい。そうだ! 今日は真央にサプライズがあるから寄り道しないで帰ってくるのよ?」


 俺はその言葉を背に家を出る。

 そしてふと思い返すとさっき食器をキッチンに持って行った時、先に食べ終わった筈の母さんの皿はどこにも無かった事を思い出した━━。



「母さんはなんでさっき嘘をついたんだろう......?」



 俺は少し疑問に思いながら校門をくぐった━━。





「生まれてきてくれてありがとう。真央......」



*      *      *



「今日も疲れたな真央......ていうか今日の練習キツすぎるよな!?」


「本当だよ! 先生アレかな? 夫婦喧嘩して俺たちに八つ当たり的な事してたんかな?」


「ははっ! ぜってーそうだわ! 今日機嫌悪かったしな。じゃあ俺らこっちだからまたな!」


「うん! また明日!」


 俺はいつも通り学校で友達と過ごして放課後は部活動に励んだ。

 俺が入部しているのは陸上部で種目は1500m走などの長距離だ。

 今日はキツいインターバルトレーニングを終えてヘトヘトの体で部活の友人達と喋りながら分かれ道まで帰っていた。



「今日はマジで疲れた......中体連が近いとはいえ先生厳しすぎるって」



 部活の仲間達は後輩も含めみんな良い人達ばかりでいつも和気藹々と練習に励んでいた。

 学校自体もイジメなんか殆ど無くて先輩後輩皆んな仲が良かったんだと思う。

 だから学校に行くのは毎日楽しくてしかたなかった━━。



「やべっ! 今日母さんサプライズがあるって言ってよな。早く帰らないと......!」



 俺は疲れた体にムチを打って夕陽に染まる帰り道を走り抜けアパートの玄関を開けた━━。



*      *      *



「ただいまー......?」









 いつもこの時間なら『おかえり』と言ってくれる母さんの声がしない......。

 それどころか部屋の明かりは消えていて物音一つしていなかった━━。



「母さん......? まだ帰ってないの?」


 

 いつもと違うその異様な雰囲気に俺は少し怖くなり音を立てずに廊下を抜ける。

 


 もしかして俺を驚かそうと隠れているのかな......?



 俺そう考えて期待と不安のままリビングと廊下を隔てているドアをゆっくりと開けると、そこに広がっていた光景はまさに最悪と呼べるのものだった━━。



「かあさんっ!!!!」



 *      *      *



 俺の目の前に映ったのは下着ごとビリビリに破かれた状態で血だらけになって倒れている母さんだった。



「なんだよこれ......! しっかりして母さん!!」



 俺はパニックになりながら血だらけになった母さんの傷口から少しでも出血を抑える為、居間に畳んであった洗い立てのタオルで圧迫するが━━、



「ま......お......ごめん......ね......」





「傷が......そんな......」



 破れた服から見えた傷口は複数箇所有り、とても1人の力では止血できないものだった。


 俺は母さんの血に塗れた手でスマホをなんとか握り、震える手を必死に抑えながらすぐに救急車を呼んだ。



「ま......お......」



 事切れそうなか細い声で俺の名前を呼ぶ母さんは目に涙を浮かべていた。

 


「ごめんね......。お母さん......まおの誕生日......サプライズしたくて......」



 そう......今日6月6日は俺の15歳の誕生日だった━━。



「ありがとう母さん......っ......でも死んじゃいやだよ!」


「大丈夫よ......。ほら見て......ケーキまで買ってあったんだよ......」


 俺が目を向けるとテーブルにはホールケーキと包装された箱が置いてあった。

 いつもは貧乏の所為でケーキなんか無くて夕飯にオムライスが出てくるだけだった俺の誕生日は今日に限って豪華だった。


 俺の為に母さんが精一杯祝ってくれるつもりだったのかと思うと悔しくて悲しくて涙が止まらなかった━━。



「ありがとう......。ならこの怪我をすぐに治してさ......2人で一緒に食べようよケーキ......ね?」


 母さんを不安にさせないと気丈に振る舞うが目から涙が溢れてまともに喋れない。


「うん......。あと欲しがってた......ゲームも買ったのよ......節約して......」


 

 朝ごはんを食べていなかった理由もこの時に分かった。


 母さんは自分の食費を削ってまで俺のプレゼントを買ってくれたんだ......!



「うん......うん! 本当に嬉しいよ......! だから後で一緒にゲームしよ? 犯人は......母さんを刺したヤツは誰か覚えてる......?」



「黒い......男......。それで私......」



 母さんの悔しそうな表情に下半身が脱がされたままの理由が分かり、俺は犯人に対する憎悪が一気に芽生える━━。


 絶対に許せない......母さんを犯して滅多刺しにした最低のゴミクズ野郎は確実にこの手でぶっ殺してやる!



「俺が......俺が母さんの恨みを晴らすから! だから生きてその目で復讐するところ見ててよ......お願い......!」



「ごめん......なさい。でも真央が無事で......良かったぁ......」



「俺は大丈夫だから......! ねぇ母さん! 死んじゃ嫌だっ! 俺まだ母さんに彼女1人も紹介してないよ! 母さん居ないと俺、本当に1人ぼっちに......!」



 母さんが血だらけの手で俺の頬を撫でる。

 だけどその手にはいつもの力強さも温もりも消えて弱々しく震え、次第にその手は力無く俺の頬から離れた。



「大丈夫......。真央には......私がいつまでも......ね......」


「母さん......? いつもみたいにこっちを見てよ......お願い目を覚ましてくれよ! 母さんっ!」



「愛して......る......」


 

 まるでハイライトが消えたように母さんの目は遠くを見つめ、二度と俺を優しい眼差しで見つめる事は無かった━━。

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