セロリブロッコリー大戦争
君たちはセロリとブロッコリー派閥でこの世界が崩壊しつつあることを知っているか?
知らないのも無理はないだろう、これは君たちの世界とは無縁の話。君たちのいる世界とボクのいる世界は違うのだからな。
だからこそ助けてほしい。僕をそちらへ連れて行ってくれ。セロリもブロッコリーも嫌いな僕にこの世界はとても耐えられない。
食卓には必ずどちらかが並ぶんだ。笑顔で食べきらないと牢獄にぶちこまれる。また運動能力、この世界では特殊な技能までもがブロッコリーとセロリの摂取量で決まるんだ。
今僕はブロッコリー大国の首都、ブロロブロコリの中心部にいる。
もうこの世界はこりごりだ、僕にブロッコリー制度を変えられるような力はない、応援を求む。
「これを飛ばせば誰かこの世界の異常さに気づいて助けに来てくれるかもしれない。来てくれないと死んでしまう」
「まーた、懲りずに伝書鳩で意味のわからない手紙を飛ばしてるんですか?」
部屋の扉が勢いよく開き、三角巾に箒を持った女性が僕に呆れた声をかける。
肩をビクッと振るわせながら振り返り、誤魔化そうと必死に両手を横に振った。
綺麗好きな彼女の名はブロリーナ、ブロッコリー王国ではブロの名を持つ国民は特別であり、特別視されている。
元々は違う名前だったのだが、ブロッコリーの能力の高さゆえ、国からブロのなをあたえてもらったのだという。
なんでも、ブロッコリーを食べてから5分間の間全身を鋼鉄のように硬くできるのだとか。
そんな得体の知れない能力を発現させる食べ物をよくもまあ平気で食べられるものだ。
そういう僕も、ブロッコリー王国に住んでいる以上食べざるを得ないのだが……、あまり考えたくない。考えるだけで脳みそが破壊されそうだ。
「貴方もこのブロッコリー王国の中でも優秀な者のみが入れるブロロブロコリにいるのだから、少しはシャキっとしなさいな」
「シャキっとしてるのはセロリだと、ブロッコリーはモサモサじゃないか」
「次同じことを言ったらそのイカれた脳みそをこの硬化した拳でぶち下ろす」
ブロッコリー王国の人はセロリに対する敵対心が異常である。それは首都に近づくほど強大で、このブロロブロコリでは禁句と言ってもいい。
僕は殺される前に全力で謝ると、そそくさと部屋の外へ逃げ出した。
先ほどいたのはブロッコリー王国の兵士が収監されている自室であり、僕の部屋である。能力が高い者ほど自由な暮らしを首都でできる制度なのだが、そのぶんブロッコリーを接種しなければならない。
僕にとっては地獄のような暮らしだ。
部屋から移動を重ね、太陽の元へ顔を出す。
外の街並みにもブロッコリーが写っているのは大変とても鬱だ。まさか木の代わりに巨大なブロッコリーが植えてあるとは誰も思わないだろう。
たしか、セロリ王国からの急な襲撃があった際に対応できるように植えてあるらしい。いつでも反撃できる仕組みで理にかなっているようにも見えるが、そもそもこの街にいる人は自分以外ブロッコリーを常備している。
さきほどのブロリーナだって、拳を硬化させるさいにブロッコリーを齧っていた。
そもそもブロッコリーは生で食べるものではないだろう。消化に悪いし、洗わないと中に大量に虫がいるんだぞ食えるかそんなもの。
「今日はたしか、国から直々に依頼が入ってた気がする……、国からの依頼、つまりブロッコリーを食べなきゃいけないってこと……あ、やべ。外だからあまり口に出しちゃまずいんだった」
こんな首都中心でブロッコリーが嫌いだなんて知れ渡ったら極刑直送コースだ。
ブロッコリーが嫌いゆえ身体能力も下の下、そんな僕が国から逃げられるはずがない。ブロリーナは薄々勘付いているかもしれないが、確証を持たれてはならない。
なんとか隠し通さねば。
口を押さえて街中を歩く。
国からの情報によると、何やらセロリ派がこの首都の中に紛れている可能性があるらしい。
ブロッコリーに紛れてセロリが輸入されているのを係が見つけたやらなんやら。
セロリもブロッコリーも変わらんだろ。どっちも廃棄しろよ。
……とか、そんなこと言えるはずもなく、渋々調査しているというわけだ。
セロリ派が隠れて身近で力を貯めているというのは、意外とすぐにわかるもので、自分以外にも調査している人らの情報からある程度ターゲットを絞ることはできているらしい。
なんでも、ここ最近トイレの利用数が明らかに多い人物が複数おり、そういう輩はだいたいブロッコリーに耐性がないためお腹の調子をすぐに壊すのである。
ここに潜伏する以上ブロッコリーを嫌々ながら食べる必要があり、首都に近づくほど摂取量が上がる。並の国民でもこの地域のブロッコリー量を食べると腹痛などの症状を引き起こすのだ。無理もない。
ブロッコリーを嫌々食べていることだけは同情したいが、自分はセロリも苦手だ。だから向こうの国も嫌いだ。なんならセロリの方が若干嫌い度が上だ。
口に入れて飲み込むまでいけない。
「嫌々そうにブロッコリーを食べている人物を探せばいいように思ってたけど、潜伏してるだけあって隠すのは上手いんだな。そこだけは尊敬」
演技はできても身体は騙せないから、トイレを中心に調査してた奴はなかなか頭のきれる奴だったのかもしれない。僕だったら絶対実行しないけどなぁ、不審者すぎる。
そんな中、明らかに慌ててトイレに駆け込む中年男性を見かけた。目撃情報よ顔写真とも一致している。国がマークしている人物だ。
こいつを追跡すればセロリ派のアジトがつかめるかもしれない。
上手く尾行できればの話だが……。
トイレに入っていくのを目視しながらも、相手に勘ぐられないよう、トイレの前を通過する。
そのまま、近くにあったブロッコリー店に足を運んだ。
いざとなったら戦闘になる。ここでブロッコリーを持っておかねばただの運動音痴の雑魚なのだ。
正直手に持つのもキツイ……、店の人に茹でてもらったものを袋に入れてもらい店を出ると同時に、セロリ派疑惑のある中年男性もトイレから出てきた。
いかにも爽やかなスッキリ顔である。これでただの便秘気味の人だったらしたら大変申し訳ない。
先手を取られても大丈夫なように一口ブロッコリーを齧る。まだ相手は僕に気づいていない。齧れるうちに齧っておいたほうがいい。
「おえっ」
しまった。あまりの青臭さに声が漏れてしまった。
勿論中年男性も僕の方へ振り返る。
そして、何を思ったか全力で走り出した。
「まじかよ、もうバレたのか!?」
「なんで自分から白状していくんだよバカなのか!?」
逃げる男を追走するが、僕の身体能力では限界がある。
どんどんと差が開いていき、あっという間に男性の姿は見えなくなった。
このままだと完全に見失ってしまう。本来なら追い詰めてから全員まとめて処理したいところだったけど、こうなるともうアイツだけでも逃がさないようにしないと。
「めちゃくちゃ嫌だけど能力を使うしか……!」
もう相手はかなり遠くまで走って逃げている。
僕の能力は食べた量で射程距離が決まるため、もう一度ブロッコリーを頬張らなければならない。
本当なら一齧りで終えたいところだったが、仕方ない……。
「うぐ、ぅゔぉえ」
顔を真っ青にしながら、戻さないように鼻をつまんで飲み込む。周りに人がいなかったのが不幸中の幸いだ。
全部食べ終えるが、周りにとくに変化はない。が、僕の能力はもう発動している。
どうしてこんな能力になったかはわからない。因みに、ブロッコリー派以外にしか効かないため僕は一生この国の駒だ。
「だいたい200m先くらいか」
目に見えない理由は一つ、僕から胞子状のブロッコリーが飛ばされているだけだからである。
これを使って一度目にした人を探知、攻撃、追従なんでもできる。
胞子状のブロッコリーの位置関係から脳内に映像を作り出し周りの状況を把握できるのだ。あくまで位置関係から擬似的に映像を作り出しているため、一度見たものでないと人などは区別することができない。
「自分がブロッコリーになるなんて……、これがバレなきゃ最高能力者に選ばれることもなかったのに……!」
隠れているつもりの中年男性を発見し、その位置まで移動するために全身を胞子化して宙を舞う。
このままブロッコリーを侵入させて体内から破壊してもよかったのだが、できるだけ身内を吐かせてから国に突き出したい。
ブロッコリーの胞子によりダメージを受けているのか、顔を青くした中年のもとに、胞子状態を解いて現れる。
かなり動揺しているようだが、セロリ王国でも僕の名は有名なのだろう。すぐに察して身構えているようだ。
「なっ……て、てめえ! どうして俺がスパイだと……」
「いや、すぐに逃げ出すんだから疑われるに決まってるでしょーが」
あの時まではまだ確証じゃなかったのに、急いで逃げ出す方が悪い。ブロッコリー丸ごと食ったせいで僕の機嫌も悪い。こいつの口に耐えれないほどのブロッコリーを突っ込みたいくらいだ。
「やるならはやくやれよ……絶対に仲間は売らねえ」
「なんか牢獄に放置してたらそのうちペラペラ喋りそうだ……」
「うるせええええッ!!!」
男はポケットにしまっていたのか、セロリを取り出すとその勢いのままかぶりつく。
あたりにセロリのエキスのようなものが散らばった。
こいつが聞いてもないことをペラペラ喋るのが悪いのに、どうして逆ギレされなければならんのか。
それに僕はセロリがブロッコリー以上に嫌いだ。
近寄らせないように、近くの胞子を物体化させ、手錠型のブロッコリーを出現させる。
あっという間に男を拘束すると、上から巨大なブロッコリーを落とし、男の身動きを封じた。
「けっ……、これがこのブロッコリー大国の最高傑作……、まるでブロッコリーの権化だな。名前がそのままなだけあるぜ」
悪態をつく男を前に、僕は黙ったまま男の口にブロッコリーを詰め込んだ。
「本当余計なことばかりぺちゃくちゃぺちゃくちゃと」
余計なことを喋りがちなのは僕も同じだが、こいつの言うことは毎回癪に触る。
国のために尋問するべきか悩んだがもうやめだ。もう我慢できない。
握りしめた拳を振り下ろすか振り下ろさないかで迷いながらその場を近寄ったり離れたりと繰り返す。
その間にも男の口にあるブロッコリーは周りに胞子をとりこみ巨大化しているのか、男の顎がだんだんと限界を迎えていた。
何かもごとごと訴えてきているが僕には何て言っているのかわからない。
男の顎があと少しで外れる……、関節部分が軋む音が鳴った瞬間、見覚えのある顔が僕の目の前に現れた。
「あ!! ブロッコリー!! こんなとこにいたの! まだ掃除終わってなかったのにー!」
「ッ……!! だからその名前で呼ぶのはやめろって……、言ってるだろーーーーッ!!」
「ーーーーーーッ!!?!?」
僕の一言と共に男を封じていたブロッコリーは巨大化爆散。
男は声にならない声をあげながらそのブロッコリーの犠牲となっていった。
駆けつけたブロリーナは、僕が名前で呼ばれるのを嫌っているのを知っている。知っている故、罰の悪そうな顔で会釈してきた。
街は爆散したブロッコリーのおかげで近辺がブロッコリーだらけになってしまった。
これをやると国からは嬉しがられるが……、僕にとっては地獄だ。
街中に具現化したブロッコリーが舞い降りてくる。
これが起きると、ブロッコリーに狂わされている国民が集まってくるため、僕はブロリーナを連れて、いやブロリーナに引っ張られながら自宅まで避難した。
翌日、国から連絡が入った。
スパイから情報を吐き出せなかったこと、勝手に処分を下してしまったこと。本来なら謹慎処分が下されるところだったが、若干ブロッコリー不足に陥っていたところを、僕のブロッコリーで賄えたということでチャラとなったみたいだ。
が、この国にいるだけで僕にとっては生き地獄だ。ブロッコリーを毎日食べるくらいなら牢獄生活でブロッコリーなしのほうが100倍マシ。
頼む、どうか……。あの伝書鳩を拾った人よ、僕を助けてくれ。
僕だけの力ではどうしようもないんだ、この世界から僕を解放してくれーーーッ!