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46 図書館での初日

 侍従長が私に声を掛けてきました。


「ヤング令嬢はガヴァネスになって長いのですか?」


「ガヴァネスとしてはまだ三年です。もともとはイーリス国立研究所の職員でした」


 宰相閣下に教えられた通りに答えます。

 私はどうも25歳らしいので、三歳ほどサバをよんでますね。


「シラー子爵令息のガヴァネスの前はどなたの?」


「宰相閣下のご令嬢についていました」


「ほう、ご令嬢のですか。では礼儀作法の方ですね?」


「いいえ、彼女はとても優秀な女性でしたから、主に歴史と語学です」


「それで我が国の言語も問題なくお使いなのですね。感服いたしました」


「恐れ入ります」


「ところでヤング令嬢はローゼリア・ワンド女伯爵をご存じですか?」


 私はドキッとしました。

 ジョアンがチラッと私に視線を投げます。


〈ローゼリア、落ち着け。探りを入れているだけだ〉


「もちろん存じていますよ。何でも婚約がダメになって領地に引き籠っておられるとか。彼女の領地にワンド研究所がありますから。でもお会いしたことはございません」


「そうですか、彼女は引き籠っているのですか」


「ええ、副所長にはそのように聞いています」


 侍従長はニコッと笑ってデザートを勧めてきました。

 私もニコッと笑ってチョコレートケーキをとりました。

 ジョアンの前にもチョコレートケーキをおいてやると、とても嬉しそうな顔をしました。


「お付き合いいただきありがとうございました。そろそろ席に戻ります」


 しっかりと昼食をいただいた私たちは立ち上がりました。

 侍従長は司書長に小さく頷いています。

 どうやら疑いは晴れたようです。

 それ以降固かった司書長の態度が友好的になり、少しだけ肩の力を抜くことができました。


〈ジョアンとローゼリア、聞こえているわね?エヴァンの居場所が分かったわ。軍艦の中で監禁されていたの。マリアも一緒に捕まっているみたい。王宮にいるマリアは替え玉だったの。ほとんどの人間が彼女を披露宴でしか見ていないから気づかれなかったのね。一週間後には物資の補給で寄港するからその時に救出できるようサミュエルと相談するわ。彼は無事よ。安心しなさい〉


〈ありがとうございます!ありがとうございます!〉


 私はジョアンと手を取り合って喜びたいのをぐっと我慢しました。

 ジョアンが満面の笑みで私を見ました。

 エヴァン様が無事ならもう怖いものはありません。

 あとはサミュエル殿下の采配に期待します。


〈ローゼリア、叔母上から聞いたよね?これで動きやすくなった。そちらは任せてくれ。レジスタンスメンバーのリーダーとの接触に集中してほしい。明日だ。明日の昼食後にあちらから声を掛けてくる。ローゼリアは赤い花のコサージュを左胸に着けて図書館に行ってくれ。それが目印だ。あちらがマリーじゃないか?と言う。昔の学友という設定だから話を合わせてほしい。彼はジョンという名前だ〉


〈わかりました。エヴァン様の件、くれぐれもよろしくお願いします〉


〈了解した。ジョアンも安心してそちらに集中してほしい〉


〈分かったよ。それとサミュエル、少し気になっているのだが、ここの市街地は建物の老朽化が酷い。もし地震があったら相当数の被害が出るよ。避難場所は王宮周辺の公園しかないから、市民が押し寄せると少々厄介だな〉


〈そうか、兆しがあるのかい?〉


〈そこは予測でしかないが、副所長と話してみるよ。万が一の可能性として、作戦発動前に被災した場合のことも想定するべきだな〉


〈わかった。最善を尽くすよ。ドレックが眠いそうだから、今日はここまでだな〉


 サミュエル殿下は笑いながら言いました。

 ドレックという記憶媒体が眠ってしまうのなら、ここに居ても意味はありませんし、少しでも早くエヴァン様の件を知らせなくてはいけません。

 私たちは司書長に挨拶をして、また明日来ることを伝えました。


 つい昨日まで灰色に見えていた街が、急に色づいています。

 エヴァン様が無事だということだけでこれほど変わるのだと思うと、少し恥ずかしいような気もします。


「良かったね。ジョアン」


「うん。ローゼリア、嬉しそう」


「うん、ジョアンも嬉しそう」


 私たちは手をつないで宿舎に急ぎました。


「止まって!建物から離れてください!」


 護衛騎士のアンナお姉さまの声が鋭く響きました。

 ゆらゆらと街全体が揺れています。

 急激ではなく、ゆっくりと横に揺れているので眩暈を起こしたのと錯覚しそうです。


「横に揺れた」


「うん、眩暈かと思った」


「すぐ帰ろう」


 ジョアンは走り出しました。

 護衛騎士の方がぴったり張り付いています。

 私はアンナお姉さまと一緒に走りました。


 宿舎についてしばらくすると副所長や調査員たちも戻ってきました。

 私が今に行くと、副所長が調査員たちに指示を出しています。

 彼らは急いで出掛けて行きました。


「地震でしたね」


「ええ、震源地を調べさせています」


 ジョアンもやってきました。


「温泉は?」


「水位は減少、温度は上がっています」


「拙い」


「前震か波動かは判断できませんね」


「前震と仮定」


「わかりました。急ぐ必要がありますね」


「避難経路」


「ある程度把握しています」


「繋いで」


 私は集中してサミュエル殿下の顔を思い浮かべました。


〈どうした?〉


〈地震がありました。ジョアンが説明します〉


 ジョアンは私には分からない難しい言葉で説明を始めました。

 二人の声が聞こえない副所長のために、同時通訳開始です。


「早急にノース国に注意喚起をしましょう」


 副所長の言葉を伝えます。


「そうだな、兄上に動いてもらおう。しかし、明日の予定は変えられない。副所長だけで行ってくれ。エスメラルダは騎士に同行させて作業を継続してほしい。西側は概ねできているから、明日は東側だな。ジョアンは被災のことも含めてリーダーと話し合うつもりか?」


「できるだけ市民の被害は抑えたい。空振りならそれで良い。万が一に備えるべきだ」


「同意する。ただし、君たちの能力はまだ非公開で頼む」


「了解した。任せてくれ。そちらは支援物資の輸送を頼む」


 その後、副所長は市街地に様子を調べにいきました。

 私とジョアンは明日の打ち合わせです。


〈リーダーが信用できると判断したら、資金と武器の提供方法まで話し合いたい。もしもダメだと判断したら今回は兄上の救出に焦点を絞る〉


〈わかったわ。サミュエル殿下も同席する感じよね?〉


〈ああ、サミュエルが判断するだろうからそれに従おう。エスメラルダは?〉


〈寝てるわ〉


〈一人で頑張っているからな。疲れたのだろう、寝かせておこう〉


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