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33 理想的な環境

 王宮への引っ越しは思っていたよりサクサクと進みました。

 専用メイドも侍女も既に揃って迎えてくれます。

 研究所からは所長と私と主任研究員の三名が常駐することになり、それぞれに部屋が与えられました。


 子供たちは好き勝手に選ぶのだろうと思っていましたが、二階の東側から順に入っていきました。

 一番奥がエスメラルダで、彼女の部屋の対面が私の部屋です。

 エスメラルダの隣がアレク、その隣がドレックです。

 ここに住むわけではありませんが、ドレックの隣にジョアンの部屋もありました。


 私の隣が所長で、私の部屋の倍の広さです。

 所長が言うには自室の居間を研究員の事務室にするそうです。

 そしてその隣が主任研究員のリックさんです。


 リックさんは貴族ではありませんが、その優秀さから研究所にスカウトされて入所された経歴をお持ちです。

 身分に関係なく能力主義の研究所ですので、入所五年目で博士の右腕とまでいわれるほどの存在感を示しています。


「博士と主任がこっちに住んじゃって研究所って大丈夫なのですか?」


 私は疑問をそのまま口にしました。


「うん、大丈夫。だって研究対象がここにいるんだからあっちにいても意味ないでしょ?」


「ああ、そうですね」


「それに私とリックは交代で研究所にも行くから大丈夫だよ。ここに常駐するのはローゼリアだけだけど、君の潜在能力も子供たちと同じ研究対象だからね」


「私も対象なのですか?」


「当たり前でしょ?」


 私は少々複雑な思いでしたが、何も言えないまま口を閉じました。

 そんな私を見てエスメラルダがやってきました。


「始まるよ」


「え?何が始まるの?」


「来て」


 そう言って彼女は私の白衣を引っ張って歩き出しました。

 興味深そうな顔をした所長がひょこひょこと後をついてきます。


 彼女は二階のホールを挟んだ西側の広間に入っていきました。

 そこには各四隅にそれぞれのスペースを確保した子供たちが揃っていました。


 壁に直接メモ書きをしているドレックにも驚きましたが、厚い図鑑に載っている地図を拡大して壁に描いているアレクには思わず声が出てしまいました。


「アレク!拡大して再現できるんだ!凄いね」


「当たり前」


「どこの地図なの?」


 アレクは返事をせず、広げている図鑑を目線で示しました。

 とことん無駄な会話をしない主義なようです。


「ここは…ノース国ね?何かあるの?」


 アレクは私を感情の無い目で数秒見つめた後、エスメラルダを見ました。

 きっと面倒だからお前が相手をしてくれってところでしょうか。

 エスメラルダが少しだけ肩を竦めて私を手招きしました。


「ジョアンが来たら始まる」


「何が始まるのかしら」


「サミュエルが来たら分かる」


 何が始まるのかはわかりませんが、博士は慌てて主任を呼びに行きました。

 博士と一緒に到着した主任はジョアンの手を引いていました。

 迎えに行ってくれていたのですね。


「ジョアン、よく来たわね。今日からここが…」


 私が言い終わるより先にジョアンが口を開きました。


「時間が無い」


 ジョアンの顔色が少し悪いような気がします。

 私がおろおろしているとジョアンが私に言いました。


「ベック副所長を召喚して」

 

「え?ベック副所長ってワンド地質調査研究所の?」


「そう!早く!」


 ここまで真剣な顔のジョアンは初めてみます。

 博士を見ると、こちらも真剣な顔で頷きました。

 私は慌てて部屋を出て、控えていた王宮文官の方に早馬を出してもらえるよう頼みました。


「畏まりました。皇后陛下より全ての望みを叶えるよう命じられておりますので、すぐに手配いたします」


 皇后陛下って子供の教育に熱心な方だったのですね。

 これから何が起ころうとしているのかわかりませんが、強い味方になってくれそうです。

 私は慌てて部屋に戻ろうと階段に向かっていると、後ろから懐かしい声が聞こえました。


「ローゼリア嬢!お久しぶりです」


 振り返ると学生時代に数日間ではありましたが、私とララを護衛してくださった女性近衛騎士のお姉さまです。

 私はあまりの懐かしさに駆け寄って抱きついてしまいました。


「ははは!お元気そうですね、エヴァン様に会えないから泣いてお暮しかと心配していましたが?」


「寂しいですが泣いてはいません。それにとてもお仕事が忙しいのですもの」


「はい、皇后陛下より伺っております。こちらに常駐されるのでしょう?今日から私がローゼリア嬢の専任護衛騎士になりました。どうぞよろしくお願いします」


「えっ!私に護衛騎士の方がついてくださるのですか?」


「はい、私がつきます。改めて自己紹介をいたしますね。私はランドール伯爵家の次女でアンナと申します。皇后陛下付きの近衛騎士をしておりました」


「ありがとうございます。心強いです。どうぞよろしくお願いいたします」


「こちらこそよろしくお願い申し上げます。身命を賭してお守りいたします。もうすぐサミュエル殿下が来られますよ。皇后陛下もご一緒です」


「わかりました。みんな西側の広間にいますので、そちらにご案内をお願いします」


「畏まりました」


 私はアンナお姉さまと一旦わかれて、広間に急ぎました。

 広間の入り口には侍女や侍従が列を作って控えています。

 何事なのでしょうか。


「早馬を出してきました」


 博士と主任は振り向いてくれましたが、子供たちは輪になって顔を見合わせています。

 何かを相談しているのでしょうか?

 ジョアンがフッと入口に視線を向けました。

 それから数秒後、扉が開き皇后陛下とサミュエル殿下が入って来られました。



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