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26 子供たちとの日々

 私たちの卒業式は厳かに行われました。

 今年も皇太子殿下が祝辞を述べられましたが、後ろに控えているのはエヴァン様ではなく、真っ白な正装がとても素敵な騎士様でした。


 ララが真っ赤な顔で私の袖を引きました。


「素敵ね、あの方。私ってもしかしたら一目ぼれしたかも」


「ララ?大丈夫?顔が真っ赤だよ?」


「うん、ドキドキして倒れそう」


 私はのぼせたような顔のララを心配するのが忙しく、せっかくの祝辞をあまり聞いていませんでした。

 卒業式が終わり、ダンスパーティーのために一旦寮に戻ります。

 今日でこの部屋ともお別れですので、昨日のうちに奇麗に掃除も済ませています。


 ドイル家から派遣されたメイド達が、手際よくララと私を飾り立ててくれました。

 ドレスはもちろんエヴァン様が贈ってくださったマーメイドラインのドレスです。


 今年はエヴァン様が私のエスコートをして下さいました。

 私たちが婚約者であることはあまり知られていませんが、今日の装いで全員が知ることとなるでしょう。


 皇太子殿下の開会宣言のあと、エヴァン様と二曲踊りました。

 ララはエヴァン様と一曲踊った後、先ほど皇太子殿下の後ろに控えておられた騎士様と一曲踊りました。

 きっとエヴァン様におねだりしたのでしょうね。


 この学園で経験したことは一生の宝です。

 私は予定通り領地には戻らず、明日からさっそく国立研究所に助手として勤務します。

 

 ドイル家の皆さんのご厚意で、一旦はドイル家に居候することになりましたが、早いうちに研究所の寮に移ろうと思っています。

 このままズルズルとお世話になり続けるのは、如何に言っても心苦しいですから。

 勤務に慣れたらエヴァン様に相談しようと思っています。

 

 ドイル家ではいつも使わせてもらっていた客間が私の自室になりました。

 クローゼットが大きなものに替わり、読書デスクが撤去されて立派な執務机が据えられました。


 あくる日の朝は、少し早めに出勤しました。

 サリバン所長から所員証と一緒に白衣を渡され、私の仕事の説明がありました。

 私の仕事は子供達四人の特徴を分析することです。

 ほとんど一日中張り付いていないといけませんが、それぞれが好き勝手に行動するのでなかなか忙しいそうです。


 子供たちは食事時間も決まっていませんし、食べる場所も決まっていません。

 その日にやるべきことなどの決まりもなく、ただ興味が向くまま過ごしています。

 約半年ほど観察を続けた結果、ある程度のパターンをみつけることができました。


 聴覚をトリガーとして記憶する能力を持つエスメラルダは、起きたらすぐに朝食をとります。

 朝食の後は庭を散歩したり、サリバン博士や私の後をついて回ります。


 見たものの細部までを瞬時で記憶し、絵として再現できる空間認識能力をもったアレクは、ほとんどお昼まで起きてきません。

 ランチとして用意されたものを食べると、昨日の続きに取り掛かります。


 気分が乗れば夜まで描き続けますが、そうでないときはペンを持つことさえせず、ずっと屋上から塀の外を眺めています。


 視覚を通して記憶する能力があるドレックは、私が入所する前に百科事典の記憶を修了したそうで、今は自国の法律全書を広げています。

 覚えるといっても、彼の場合は内容を把握するわけではなく、絵として記憶しているのでは無いかとサリバン博士は言っていました。


 その理由は、指定したページの内容を端から順に読み上げたり、指定した箇所だけを読み上げたりできるにもかかわらず、その内容について質問しても無反応だからという事でした。

 歩く百科事典そのものですね。


 ここに所属する子供たちの中で唯一通って来るのがジョアンです。

 彼が神から与えられたギフトは分析能力です。

 ジョアンは積み上げられた土砂の量を瞬時に言い当てますし、研究所の池の水の量も目で見ただけで計算して見せました。


 土の特性についても詳しくて、研究所の裏山を何日も見続けた後、場所を指定して土のサンプルを取り寄せて触りながらこういいました。


「あと二回の大雨で、あそこが崩れる」


 私と一緒にそれを聞いていたサリバン博士は、大急ぎで補強工事の指示をしました。

 私が理由を聞くと、あの裏山の土は保水力が高い腐葉土でできた斜面と、水はけのよい小さな石が多い土でできた斜面があり、保水量が限界を超えると表層が滑るように崩れる可能性が高いのだそうです。


 彼の特徴でもありますが、単語の羅列のような喋り方ですから、ここまで聞き出すのに三日ほどかかりましたが。


「凄いねジョアン。見ただけでわかるの?」


「見て触る」


 それぞれのペースに合わせて、やりたいことだけを優先させてやりつつ、私は毎日彼らに挨拶を続けました。

 挨拶という行為の意味など理解してくれなくて良いのです。

 ただ相手に伝わるように伝え続けるという行動を通して、この先彼らが不要な摩擦に巻き込まれないようにしたいという一心での行動でした。


 約一年ほど続けた結果、私の顔を見ると全員が『こんにちは』と言ってくれるようになりました。

 昼でも夜でも『こんにちは』ですし、一日に何度会っても『こんにちは』ですが、私の努力が少しだけ実を結んだような気がします。


 私は半年ほど前に爵位を承継しました。

 領地も予定通りハイド子爵に全権委任する形で承継しましたが、本来なら数年かかるであろう隣地買収の手続きがスムーズに進んだお陰です。


 これはもちろんエヴァン様が皇太子殿下の側近だったことが大きいです。

 以前予告されていた皇太子殿下との対面はまだ実行されていません。

 とてもお忙しい方なのですね。

 書面上の手続きが全て終わったあと、私はドイル伯爵家から研究所の寮に移りました。


 伯爵も夫人も引き止めて下さいましたが、できるだけ子供たちと長く過ごしたいという私の希望をいれる形で了承してくださいました。


 ララは卒業式で出会った騎士様と順調に交際を続けています。

 彼は子爵家の嫡子で去年から近衛に配属になったマイロ・ハーレン様といいます。

 エヴァン様曰く、同年代の中ではエースなのだそうです。


 そんな暮らしの中、休みの度にデートに誘ってくださるエヴァン様から話があると言われました。

 珍しく真剣なお顔です。


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