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21 ハロルド・サリバン博士

 エヴァン様は約束通り、治療教育の権威と言われている方を紹介するために時間をとって下さいました。

 水色のワンピースを着てロビーに向かうと、ララとジョアンもいました。


「ララもジョアンもいたのね」


「ロゼのお出かけ」


「うん、ジョアン。夕方には戻るから」


「エヴァンも一緒」


「そうよ、エヴァン様も一緒に出掛けるけど一緒に帰ってくるわ」


 ララが楽しそうに言いました。


「お土産はハーデンのチョコケーキが良いわ」


 エヴァン様が苦笑いで頷きます。

 二人は手をつないでニコニコ笑っていました。

 私とエヴァン様も笑顔で手を振りました。


 馬車の中では紹介していただける方のことを聞きました。

 お名前はハロルド・サリバン様で学園を卒業後、我が国最高峰の知識が集結しているといわれる国立研究所に入られたそうです。


 その研究所は入りたいといって入れるものではなく、研究所側から誘われないと所属できないのだそうです。


「この研究所に誘われるのは数年に一人いるかいないかだね。まさに天才集団だね。だからかな?変わってる奴が多い」


「天才って変わってる人が多いのですか?」


「そういう意味ではジョアンも同じかもしれないな。彼らは自分の研究さえできれば良いと考えているんだろう。没頭すると倒れるまで続けるらしくて、ランチタイムトイレタイムを管理するためだけのスタッフがいるという噂だよ」


「信じがたいほどの集中力ですね」


 馬車が大きな門を潜りました。

 エヴァン様が入館許可証を見せています。


「ここには機密情報もあるから、なかなか厳重なチェック体制が敷かれているんだ。この入館証を首からかけてね。ひとりでふらふら歩いてはダメだよ?」


 私は真剣な顔でコクコクと頷きました。

 案内してくれたスタッフの方が、中庭を抜けた場所にあるシンプルな作りの建屋に入っていきました。

 ここでも入館証をチェックされ、ロビーに入ると数人の子供たちがいました。

 

「やあ!エヴァン君。久しぶりだね」


「ご無沙汰していますサリバン先輩。お時間をいただいて恐縮です」


「いやいや、私も楽しみにしていたんだ。なぜ君ばかりが女性にモテるのかを研究する件だけど、そろそろ協力する気になったかな?」


「いや、それは絶対にお断りです。今日は私の婚約者を紹介したいと思って連れてきました」


 私はエヴァン様に促されて挨拶をしました。

 ハロルド・サリバン博士は興味深そうに私を見ています。


「へぇ…エヴァン君の婚約者かぁ。実に興味深いな」


「彼女は治療教育に興味を持っているんですよ。できればその道に進みたいと考えているので、連れてきました。ジョアンも彼女のことが大好きなんですよ」


「ジョアン君が認めているなら適性は申し分ないね。それにしてもこの分野に興味を持つなんて珍しいご令嬢だ」


 そう言いながら、私に握手の手を伸ばされたサリバン博士に案内されて、博士の研究室に向かいました。

 私たちがそんな話をしていても、そこにいる子供たちは全くこちらを見ようともしませんでしたが、ジョアンと同じくらいの女の子が一人私たちについてきました。


 女の子は研究室に入ると、さっさとソファーに座り話し始めました。


『やあ!エヴァン君。久しぶりだね』

 

 私は驚いて女の子の顔を見ました。

 目が合うようで合っていない不思議な感じですが、女の子は喋り続けました。

 それは信じがたいほど正確に、先ほどの私たちの会話を再現しています。

 

「この子はエスメラルダというんだ。耳にした会話を完璧に再現できる能力を持っている。どれほど長くても耳から聞けば絶対に覚えているし、何度でも言えるんだよ。ちなみに実験結果だと、この本の朗読を丸々再現できた。一週間後でも結果は同じだった。記憶海馬が異常に優れているうえに、古い記憶を瞬時に引き出す能力も持っている。でも自分で読んでもダメなんだ。この子の記憶トリガーは聴覚なんだよ」


「凄いですね」


「興味深いだろう?でも食事の作法なんかは都度教えないとダメなんだ。おそらくこの子は耳に入ってきたものを情報として処理するのではなく、音として記憶するのだろう。逆に、同じような記憶能力を持っていても、自分で見ないと覚えられない子もいるんだ。後ほど紹介するけど、この子は見たものを完璧に描けるよ」


「子供によって能力が違うのですね。共通点は無いのですか?」


「おっ!良い質問だね。共通点はあるよ。社会性が無いということだ。能力が高ければ高いほどその傾向が強い」


「社会性のために割く力を別の方面に使っているのでしょうか?」


「そうかもしれないし、そうでないのかもしれない。私たちはあの子たちの社会復帰を応援するために存在しているわけではないんだ。でもあの子たちの親にとっては社会性を持たない子供というのは扱い難いのだろう。ここに通ってくる子もいるけれど、ほとんどの子はここに捨てられたようなものだ」


「そんな…」


「でも考えようによっては、虐げられて孤立していくよりここにいる方があの子たちは幸せかもしれない。あの子たちが親や兄妹に会いたいと思っているかどうかはわからないけど」


「そうですか」


 私は少し暗い顔をしてしまったのでしょう。

 先ほどの子が私の横に座ってきて、手を握ってくれました。


「あれ?エスメラルダはそのお姉ちゃんが気に入ったのかい?」


「名前」


 エスメラルダと呼ばれた女の子が私に言いました。


「ローゼリアよ」


 エスメラルダがニコッと笑いました。


「ローゼリア」


「ふふふ、そうよローゼリア。覚えてくれたのね?」


「覚えた。忘れない」


「ありがとう」


 エスメラルダは満足したように部屋を出て行きました。


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